2009年01月31日

宮崎県国富町の不動の滝と周辺散策B

滝をあとにして周辺を散策しながら先を急ぎました。
しばらくするとサザンカの林が見えてきました。
公園ではないようで農家の人が自宅横の自分の庭に植えているようです。
周辺の畑を見ますと、これが広いんです。
ほとんどの畑が一辺の長さが200m以上はあるでしょうか、トラクターも1台では追いつかず2〜3台投入して畑をならしていました。
ダイコンを植えるのでしょうか。
まだ、土ばかりで何を植えるのか分かりませんでしたが、時期と場所から千切り用のダイコンを作付けするのでしょう。
サザンカとは
秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせます。
野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤から白まで様々であります。
童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られています。
漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれています。
ツバキ科の植物は、熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限です。

2009年01月30日

宮崎県国富町の不動の滝と周辺散策A

滝の入口に足を踏み入れると、すぐのところに足のお払い用の塩が置かれていました。
足場が悪いので注意を喚起するようにとの意味で置かれているのでしょうか。ちょっと分かりませんが・。しかし、滝へ通じる道は整備が行き届いています。
道の周辺は杉木立や竹林、ヒノキ、カシ、シイなどの結構大木が多く、人家のすぐ近くにある滝と言うことを忘れてしまいます。
足元は比較的緩やかで、急坂にはブロックを並べた階段が造られています。
手すりも備えられていて高齢者や障害者にも配慮が行き届いています。
また、途中の道沿いに、お地蔵様が約10体ほど鎮座していました。
おそらく、ここの滝は、古来より地元の人々の信仰の対象として崇められているのでしょう。
滝は約200mずーっと下った終点にありました。
坂道を下りて行った先に社があり、その奥に観音様が左に1体右側に2体あり、滝はその先にありました。一筋の水の帯が勢いよく音を立てていました。
高さは20m弱と言ったところでしょうか。あまり規模は大きくはありません。
近づいて見ると左側にも一筋の滝が、同じ滝つぼめがけて落ちています。
この時期は雨が少なく、少々迫力の面では見劣りしますが、周囲は深い木々に囲まれ、観音様や地蔵様がたくさんあり荘厳な雰囲気を醸し出しています。
ひとしきり写真に収めて滝をあとにしました。
帰りは往きと正反対、200mの上りですが、整備された道でそんなに苦になるほどではありません。
ただ、気になることがひとつ。
上に上がると、そこは人里です。
滝に流れ込む川が見当たらないのです。
不思議に思い近所の人に尋ねてみました。
すると、この川は大淀川水系の上流域を流れる三名川の支流で、滝周辺がその源流と言うことでした。私がいくら探しても上流の川がみつかるはずもありません。
もうひとつ、この滝の伝説を伺いましたところ、「さあーそこまじゃわからん」と言うことでしたので、国富町の商工会のホームページを開いて見ますと、「この滝は不動明王が祀られた心身の修行鍛錬の聖地、霧島大権現の奥の院」との説明が載っていました。
それだけではもうひとつ分かりにくくピンときませんが・・・。
まぁいいでしょう。

2009年01月29日

宮崎県国富町の不動の滝と周辺散策@

12月24日(水)、世間的にはクリスマスイブ、学校も冬休みとなり学生や若いカップルはさぞかし楽しい1日を過ごしていることでしょう。
私は、昨日の天皇誕生日に出勤したのでその振り替えでこの日は休日です。
ちょっと遅めの9時過ぎに起きると、外は薄曇りです。
昨日からどこに行こうか、どこを歩こうか考えていましたが、ナカナカ行きたいところを絞り込めず迷っていました。
そんな中、パソコンを見ていましたら、近くに名所を見つけました。国富町の不動の滝です。
場所は国富の町中から西都方面に約10分ほど車で走ったところの六野の台地です。
まさかこんなところに滝があるとは、思ってもみませんでした。
本庄川の支流の深年川を渡ると、長い長い上りになります。
その坂を上り切ると、見渡す限り平坦な台地が広がっています。
ほとんど畑作用の農地で千切りダイコンや茶畑などが主な産物です。
国富から西都へ向かって台地に上がると、家並みが続く六野地区です。
一軒の小さなガソリンスタンドを過ぎてすぐの所に「不動の滝400m」と言う案内看板が出ています。
注意しないと見落としそうです。
事前にチェックしていたのですが、私も一旦通り過ぎてしまいました。
滝へ続く道沿いは想像していたたより開けていて民家が軒を連ねています。
西都線から400mですので車ですとアッと言う間に到着してしまいますが、またまた案内板を読み間違えて滝の入口を通り過ぎてしまいました。
「不動の滝200m」と言う看板を、あと200m前に走ると着くと勘違いしたのですが、実際はその看板のところかが滝の入口で、そこから200m歩いていくと滝があると言うことでした。
実際、入口には車が4〜5台停められる駐車場があったのです。
この駐車場も私には隣接している民家の庭に見えたのですが・・・。

2009年01月28日

宮崎県西都市の巨木コウヤマキを訪ねてD

この木の周辺も地元の人たちでしょうか。訪れた人が出来るだけ見やすいように下草や小木がきちんと刈られていて、実に清々しい限りです。
 失礼ながら、お腹がぺこぺこでこの神々しい大木の前ではありますが、少し遅めの昼食を頂きました。食べながら周囲を見渡すと「吹山まで15分」と言う標識がありました。
 折角ここまで登ってきたついでです。標識に従い上を目指しました。
 この周辺はカシ、ツゲ、マツなどの老大木が目立ちます。
 中には朽ち果てて土に還ろうとしているものもあります。
 そんな大木の間から、先ほどの「森の巨人」が頭一つ抜けて見ることが出来ます。
 吹山には予定より早く到着しました。
 標高854mの看板が立っていました。
 あまり、高くなく、見晴らしも良くありませんが、山の頂きに来たという実感が湧いてきました。
 これで今日の予定の7割は終わった勘定です。帰りも往きと同じ道です。約20分で林道へ出ることが出来ました。
 車はこれから上へは立ち入り禁止の立て札がかかっています。
 災害の復旧工事でもしているのでしょう。
 ところで、この林道ですが、地図にはほとんど載っていません。
 どうしても気になりますので、車ではいけなくても徒歩では行けそうですのでもう少し、前方に進んでみることにしました。
 下方の見晴らしの良かった景色は杉木立にさえぎられ眺望はほとんど利きません。
 約1q位歩いたでしょうか。前方にブルドーザーやユンボなど、工事現場の雰囲気です。
 日曜日ですので誰もいませんが・・・。
 近づいてよーく見ると、この先は道がありません。
 道路があるはずのところは杉林になっています。
 とするとこの工事は全く新しい道を造成している工事なのでしょう。
 それにしてもこんな険しい山の中での工事。
 どこまでつなげるのか。いつになったら完成するのか。素人目に興味はつきませんでした。
林道を車で上ってくる途中には、高さが30mはあろうかと言う赤松の大木が林立していました。
 こんな木を見るだけでもなぜか心が洗われます。
 全体にこの周辺の山は松やヒノキが目立って多く感じました。

2009年01月27日

宮崎県西都市の巨木コウヤマキを訪ねてC

その登山道沿いにはカシやシイの大木、ミツバツツジ、サカキなどたくさんの樹木が自生していて、主な木々には名前を記した真新しい看板が立ててあります。
 登山道の至る所にそれらはあり、その数は優に100は超えているはずです。
 私のような樹木の名前をほとんど知らない素人には大変助かります。
 しかも、登山道も階段、ロープ、案内板など痒いところに手が届く施し賀されていて地元の方々、山岳会の人々の山を守ろう、自然を守ろうとの熱意と献身的な努力が心にビンビン響き、頭が下がる思いがしました。
 林道から登山道に入って約30分。
 「森の巨人」は突然現れました。
 急な上りに息も絶え絶え状態で歩を進めていると前方に、周囲を囲むように張られている白いロープが見えてきました。
 その真ん中に巨人はその巨体を天に突き刺すようにそびえていました。
 「これが森の巨人かぁ・・」思ったほど高くはありませんが、何箇所も枝分かれした幹の周りは396cmと書いてありました。約4mやっぱり大きい。
 説明板には針葉常緑樹で国内に生息する南限と書かれていました。
 しかも、体形はズンドウながら、葉が生い茂り枝分かれした姿は実に美しいものがあります。
 さすが、家庭の盆栽で人気のある木です。

2009年01月25日

宮崎県西都市の巨木コウヤマキを訪ねてB

テレビを観ていたためいつもより、時間が遅く、また、右ヒザの状態も芳しくないこともあり、長谷地区からですと、大樹の入り口までは無理と観念し、長谷―児原林道の急勾配を車で入り口約3km手前の案内板の所まで行き、そこに車を置いて後は歩いて行く算段です。
 上ってくる途中は「しあわせ峠」なる見晴らしの良い展望台や、はるか右下に見える一ツ瀬ダム湖を写真に収めながらマイペースで歩を進めました。
 林道も車を置いた所辺りまでは舗装されていて、少し急ではありましたが、ヒザも悲鳴を上げることなく比較的順調に歩くことが出来ました。
 林道のところどころに「森の巨人あと1,3km」など、標識や登り口付近には説明板も立っていて、この木や周辺の自然環境保護に対する地元の人々の並々な取り組みが伝わってきます。
 そのことは、林道からコウヤマキの木へ向かう山道で強く感じました。
尾根に沿って続く登山道は、ロープが頼りの急勾配があったり、なだらかな斜面があり変化に富んでいますが、私のヒザには少々無理なようで登山道に入って間もなく痛みが出てきました。
 しかし、ここまで来たら引き返すわけにはいきません。
 なんとか我慢しながら登ることになりました。

2009年01月24日

宮崎県西都市の巨木コウヤマキを訪ねてA

 12月もかなり押し詰まってきました。
 2008年は、休日に特別用事がないとき以外は、ほぼ1年を通して県内を歩きまわりました。
 健康のため、体重を落とすためと言う明確な目標を持って始めたことですので、最低限自分に課しているのは、続けることと週に一度は歩くことの二つですが、現在のところなんとかクリアしています。
 無理な目標を立てても絵に描いたモチに終わったらなんにもなりませんからね。
 ところで12月21日は、今年の初夏(5月31日)に訪れた西都市三納の長谷地区で気になっていました観光案内板のコウヤマキの大樹でしたが、冬場に訪ねることに決めていました。なぜなら、林道から700mも奥に入らなければならないと言うことは、たぶん夏場は下草や潅木に、嫌いなヘビなど、とても行ける状況にないと思っていたからです。
 それが、たまたまこの日になったと言うわけです。
 本当のところは、テレビで全国高校駅伝の中継があるので観るつもりにしていました。
 実際、女子の方は観ましたが、郷土チームのあまりのひ弱さに、男子も期待できないと思い自宅を出た次第です。
 天気予報は昼過ぎから雨とのことだったのですが、確かに雲ってはきましたが、それ以上は悪化することなく陽が照ったり、陰ったり、強風が吹いたりとボツボツの天気でした。
 特に風が強かったので視界が良く遠くまで見渡せることができました。

2009年01月22日

宮崎県西都市の巨木コウヤマキを訪ねて@

コウヤマキとは
 常緑高木で、高さ30m以上、直径1mに達するものがあります。
 これから紹介するコウヤマキはまさしくそんな樹木です。
 樹皮は若枝では赤褐色ですが、後に灰褐色に変わります。
 枝は一見して先端に葉が輪生しているように見えますが、実際には長枝の先端部に多数の短枝が輪生しており、その先に長さ6〜14cmの針葉が付いています。
 葉には針葉の他に小型の鱗片葉があり、長枝の基部から先端部にかけて螺旋状に付きます。
 針葉は柔らかくしなやかで、2枚の葉が合着するという極めて特異な形態が見られます。
 合着葉は先端がややへこみ手に刺さるようなことはなく、表面に鈍い光沢があります。
 葉の裏面には帯白色の気孔帯が見られます。花は雌雄異花で早春に開花します。
 コウヤマキ属はコウヤマキの1種のみからなり、かつてはスギ科に含めていましたが、現在は1種のみでコウヤマキ科としています。
 今でこそ日本固有の科ですが、かつて北半球全体に広く分布していたことが化石から明らかになっています。
 福島県から九州までの山地に広く野生しています。岩尾根によく生育し、幅が狭く、真っ直ぐに突き出たような樹形を見せています。
 栽培されることも多いです。
 外国でもコニファーの一種として知られています。ホンマキとも呼び、イヌマキに対比させています。
 材木としては丈夫で朽ちにくく、水に強いなどの特性から、古代から高級な棺や水桶、橋杭などの材料として多く使われていました。
 古墳時代前期の前方後円墳の竪穴式石室に埋葬された巨大な木棺は、コウヤマキの巨木の丸太をくりぬいて作ったものが多かったと言われています。
 また日本ばかりではなく、生い立ちが日本と深く関わっていた百済の武寧王の棺にも、コウヤマキが用いられたことが発掘で確認されています。
 橋杭としては千住大橋で使われたものが有名です。
 高野山を中心に仏に供える花の代用として用いられ、名前もこれに由来します。
 高野山では植林されたコウヤマキの人工林もあります。抽出液は、歯周病菌の生育を阻害する効果があるとされています。

2009年01月21日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策F

ところで、「ままこ滝」ですが、駐車場から大吊り橋までは、目と鼻の先。
 大吊り橋を渡って行きますと、右手奥に見えてきます。ここが「ままこ滝」です。
 吊り橋からはかなり距離がありますが、滝の全体像を見ることが出来ます。
 さらに吊り橋を渡り終えて左方向へしばらく歩きますと、狭い山道ながら下の河原へ降りることが出来ます。
 河原は、冬場は特にノリに覆われ、滑り易いので、サンダルやヒールの高い靴では少々無理があり避けた方が賢明でしょう。
 流れに注意しながら進むと、先端まで行くことが出来、滝を間近で観ることが出来ます。
 水量の少ない冬の時期でもかなりの迫力です。
 夏場の雨の多い時はさぞかし物凄い迫力でしょうが、その前に途中までの岩場が水没していて、とても先端までは行けないと思います。
 この「ままこ滝」について、案内板を利用して少し説明します。
 現在の所在地は、旧須木村が小林市に合併されましたので、小林市須木大字下田鶴園と言うことになります。
 宮崎県指定の名勝でありますが、その指定は大変古く昭和8年12月5日まで遡ります。
 当然、そのころは下流の綾南ダムは出来ておらず、高さ41mと、現在より約3倍もの高さと、深さ22mもの滝つぼを有した迫力満点の滝だったようです。
 綾南ダムが出来たのが昭和33年のことです。
 このダムの完成に伴い水位が上がり、現在の滝の高さは10mそこそこと昔の面影は消えてしまいました。
 しかしなが、滝の間近から眺めると、豊かな湖面に対して叩き付けるような轟音を響かせている様は迫力満点と言えましょう。
 この近くの右岸の岩山に観音(岩観音)が祭られていることから、この滝は「観音滝」、また、まま子いじめの伝説から「ままこ滝」と呼ばれていますが、一般的には「ままこ滝」の方が広く知れ渡っているようです。

2009年01月18日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策E

道路は山の中腹を通っていて、湖まできれいに見渡せることが出来ます。
 その茅葺き屋根の宿のある駐車場には何台か車が停まっているのが見えます。 丁度、入り江状に引っ込んでいる所に茅葺の建物が建っていて、湖の左岸からは見えませんが、目の前は、小野湖が広がっています。
 冬場の風にも、夏場の出水からも安全で、まさに人里離れた感のあるこの周辺は、最高の癒しの場のように見受けられました。
 建物を写真に収めようとしましたが、丁度、逆光でうまく取れず諦めました。 ところで、この山一帯にも栗の木がたくさん植えられています。
 栗とともに良く目にするのが、松の木です。
 そう言えば、以前この村の木は「五葉松」と、言う記述をどこかで読みましたが、山全体を松が覆う様を見ると、なるほどと納得させられました。
 ほどなくして、道路は砂利道へと変りました。
 まだ「すきむらんど」からそんなに歩いていませんが、須木自体がもともとかなり入り込んでいるところですので、そんなものかなと思いながら、行けるところまで行くことにしました。
 しかし、道はどんどん険しくなる一方で、頭上はスギ、カシ、シイの大木が覆っています。
 そういえばまだこの辺りも綾の照葉樹林の一部をなしているのですね。
 沢も何本か渡りましたが、その傍らにかなり以前に人が住んだ形跡なども見られ飽きることはありませんでした。
 しかし、見通しが悪く、道の状態もどんどん悪くなり、約1時間ほど入り込んだところで打ち止めとし、引き返すことにしました。

宮崎県小林市スキムランド周辺散策D

この日、小林市の須木を選んだのは、まだ来たことがないと言うこともありますが、「ままこ滝」を写真に収めるのが目的でありました。
 そして、折角訪れた「すきむらんど」です。
 案内地図を見ると、結構いろいろな施設が完備されているようで、ウォーキングを兼ねてそれら施設を見て回ることにしました。
 大吊り橋を渡って右方向に歩を進め、左手を見ますと、周辺には、ログハウス調の宿泊用の研修施設が森の中に建っています。
 林間研修やサークル活動の宿泊施設として利用する施設で、定員は50名とかなりの人数を収容出来る造りになっています。
 ログハウス風の建物に宿泊室(和室10畳)が5部屋、食堂や自炊用厨房も完備されており、まさに野外研修には打ってつけと言った風情をかもし出しています。
 一方、湖側の右手には、既に紹介しました「世界の山小屋」が全部で5棟でしょうか。真新しい、こちらもログハウス風の建物が建っています。
 そのすぐ上部はこの山小屋や周辺を見守る管理棟が並んで建っていました。
 さらに坂道になっているその先に「ままこキャンプ場」があります。
 ここが一番高いところにある施設で、景色がよさそうです。
 しばらく、坂を上って行くと、右手の湖の方に下る道路が見えてきました。
 その取り付け道路の入り口に、駐車場の案内地図にあった、茅葺き屋根の宿兼レストラン・「かるかや」の看板とメニュー看板が建っています。
 ボリューム満点の猪料理、釜飯、うどん、特産西諸牛の炭火焼き・・・・食欲をそそられる料理名が並んでいます。
 その宿は取り付け道路付近からは見えません。
 しかも、かなり急な下り勾配が続いています。
 現在のヒザの状態では下りることは出来ても、また、元の位置に上がるには相当、痛みを伴うだろうなと思い、そこをパスして先へ進んで行くことにしました。 200mも歩くと、道のはるか下の方に茅葺きの屋根が見えてきました。

2009年01月16日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策C

「伝説」ままこ滝の由来
 この滝の近くに、若いきこりの夫婦が住んでいて彼等には一人のかわいい女の子があった。
 訪れる人とてなき、この淋しい山の中の一軒家で親子水入らずの三人の生活はとても楽しいものであった。
 四季にうつりかわる周囲の景色を眺め、日ごとに成長していくわが子の行末を夢見つつ元気で働けることは、彼等にとって何よりの幸福と思われた。
 しかし、その幸福も永くつづかなかった。
 美しい妻は、ふとした病がもとで、まだあどけない娘を残してついに帰らぬひととなってしまったからである。
 平和で楽しかった彼等の生活は一瞬にしてこわされてしまった。
 足手まといの子をつれて深山のきこりの仕事はあまりにも無理があった。
 それのみか毎日の生活さえ男一人の手では思うままにならない。
 そこで、やむなく第二の妻を迎え入れた。
 子供はやがて5、6才となったが後入りの妻はこの子がじゃまで仕方がないので何かにつけていじめていた。
 頼りの父は、毎日朝早く家を出て夕方はおそく帰るので子供にしては、まま母と終日暮らすよりほかなかった。
 「実の母が生きていてくれたら」と、子供心にも今は帰らぬ母を慕って幾度泣いたことであろうか。
 さて、ある夏の昼さがりのことであった。
 野良仕事を終えた母と子は滝の上の岩にならんで滝を見下ろした。
 いつもは子を憎むまま母も今日だけは言葉もやさしく「しらみをとってやろう」と、例の子に言いながら、その子を膝にひきよせ、その髪を分けはじめた。
 すぐま下には幾十尋とも知れぬ断崖を水は白竜のおどり狂うが如く地ひびきたてて落ちていた。
 このまま母に恐ろしいたくらみがあろうなどとは、つゆほども知らぬこの子はうれしさに無心になって自分の帯と母の帯の端と端とをしっかり結んでいた。
 そのときであった。ころを見はからった母はわが膝に寄りそう娘を万身の力でつき落とした。
 しかし、千尋の滝つぼへもんどりうって落ちていったのはいたいけないまま子とそれをこよなく憎んでいたまま母との二つの塊りであったのである。
                                  昭和48年3月
                                   須木村・須木村商工会より

2009年01月15日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策B

すきむらんど周辺を散策
 ところで、前方の山手を見るとオレンジ色の巨大な鉄塔が目に飛び込んできました。
 近づいて見ると、ダム湖(小野湖)に架かる吊り橋を支える橋梁でした。
 吊り橋の手前の通路沿いには、地元で獲れた山菜ごはんやだんご、栗を材料にした特産物など、郷土色豊かな品々を並べた市が開かれていました。
 ただ並べるだけの、素朴な特産市ですが、訪れた人々が一つひとつ手にして須木の土産としてサイフの紐を緩めていました。
 また、奥の多目的広場では観客はまばらでしたがコンサートも開かれていて、訪れた人を一人ひとり心からもてなそうと言う姿勢がにじみ出ていて非常に好感を持てました。
 この「すきむらんど」には、温泉をはじめ、大吊り橋、ログハウス風の「世界の山小屋」、キャンプ場、ロッジ、宿泊研修施設、それにゴーカート、貸しボートなど、自然を利用したアウトドアスポーツを満喫できる施設が整っています。なかでも「世界の山小屋」には、タイプの異なるロッキー、ヒマラヤ、ノルウェー、スウェーデン、日本式と、各国の特徴を盛り込んだログハウスが並んでいます。
 日本風ログハウスには、和室も完備されています。
 どのハウスも高級感あふれる造りで、それぞれ、キッチン、風呂、水洗トイレ、冷暖房装置などを備えており、滞在型の宿泊施設としては快適そのものです。
 キッチンには什器、調理器具や冷蔵庫も用意されています。
 また、丘陵地にあるため眺望が素晴らしく、特に小野湖に面した「スウェーデン」棟からの、朝霧にけむる湖面の風景は絶景と言えましょう。
 まさに山小屋というよりも別荘そのものと言った雰囲気です。
 都会の喧騒を逃れて、周囲の山々や小野湖をみながらのんびり過ごす時間を持てたら、どんなにか心がリフレッシュすることでしょう。
 遅れましたが、すきむらんど大吊り橋について、案内板を基に少々説明致します。
 ここの吊り橋の型式は、単径間斜張橋といいます。
 延長は155mで幅は1,5mで歩道橋としては日本一の長さだそうです。
 橋の上を歩いていますと、かなり揺れるのを感じます。高所い弱い人は大変でしょう。
 この橋の一番の特徴は、橋からの眺めが素晴らしいと言うことです。
 湖面に満々と水をたたえた小野湖、その湖の最上部には、「ままこ滝」がすべて見渡せます。
 下の写真の「ままこ滝」は、この大吊り橋から撮ったものです。
 また、周辺の山々も見渡せますし、この吊り橋とバランスよく調和が取れていてその光景もこの橋のウリのひとつになっています。
 斜張橋と言う橋の型式が採用されたのも周囲の景観とマッチすることを第一に考えたからと、、案内板に書いてありました。
 斜張ケーブルは、橋上の人に圧迫感を与えないように片側8本とし、径を34m/mと細くし、床板は、この地方特有の樹齢150年を超えたツガの木を材料に使っています。
 また、主塔は高さが30mと高く遠くからでもその雄大な姿を眺めることが出来ます

2009年01月14日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策A

ところが、初めて訪れた須木の町は、広々とした田園風景が広がっているではありませんか。
 カルチャーショックに似たモノを受けましたね。
 地元の人には申し訳ありませんが・・・・。
 綾南川もこれから下流で待ち受ける過酷な自然とは無縁のごとく広い川幅を有し、ゆったりと流れています。
 この光景を見た瞬間、私がこの町に抱いていた印象は180度変りました。
 「百聞は一見にしかず」まさにこのことわざがピッタリと当てはまりました。 ところで、「すきむらんど」は自然のテーマパークです。
 小林市と合併する以前から造られていて、名前はよく知れ渡っていました。
 須木村から文字って名付けられたと聞いていますが、まさにこの集落にピッタリのネーミングのように思えます。
 また、この地は栗の特産地で至る所に栗林が見られます。この栗から取った  アイスクリーム・「愛す栗夢」も有名です。
 さらには、ゆずのつぶつぶが入ったさっぱり味のシャーベットアイス「ゆずり愛」はお土産ナンバーワンを誇っています。
 町に入ると看板の多いのが目につきました。
 町外や始めて訪れる人々が迷わないようにとの地元の人々の思いが嫌と言うほど伝わってきます。
 おかげで「すきむらんど」にも簡単にたどり着くことができました。
 広々とした駐車場の正面には、「すきむらんど温泉・かじかの湯」の建物が見えています。
 この日は日曜日とあって、多くの人々が温泉の中に消えて行きました。
 地元の人と顔を合わせたり、道ですれ違う時には必ず「こんにちは」と、声がかかり、会釈して通り過ぎていきます。
 都会では途絶えてしまった、人間と人間の付き合いがここでは当然のように行われていることを痛感しました。

2009年01月12日

宮崎県小林市スキムランド周辺散策@

「案外開けているなあ」・・・・と言うのが第一印象です。
 12月14日(日)は、まだ行ったことのない小林市須木の「すきむらんど」周辺を散策する計画を立て実行に移しました。
 ここには「ままこ滝」と言う名所があり、自然のテーマパーク「すきむらんど」の中核をなしている、その程度の知識しか持ち合わせていませんでした。
 しかも、県内では私にとり数少ない未踏の地。
 未踏と言ってもそんな大げさなものではありませんが・・・。
 道路状態は良いので行こうと思えば簡単に行けてしまう程度の所です。
 小林市の中心部からですと、約17q位だったでしょうか。
 車ですと20分で到着です。
 ここは、2年前の平成の大合併までは、須木村と呼ばれていました。
 「村」と言えば、どうしても山奥と言うイメージがあります。
 山あいの深い谷間の、ところどころに集落が点在している光景をどうしても想像してしまいます。
 実際、この集落の中心部を流れている綾南川は、須木から下流に行けば、まさに九州山地最後の照葉樹林帯の深い深い谷底を縫って流れ下っています。
 川幅も道幅も狭く、昼なお暗い原生林が頭上を覆った秘境の中の秘境です。
 そんなイメージが頭の中にありますので須木の集落も自然、秘境的な場所と思ってしまいます。
 話しは変わりますが、ついこの間なくなった筑紫哲也氏も、今なお残るこの深い照葉の森をこよなく愛していました。氏に、「日本の中で一番気に入っている場所は?」と言う質問を浴びせると、迷わずこの綾の森を挙げたと言います。
 それほど、この森は今の日本の中で、わずかに残された本物の自然が息づいているところでもあります。
 そんな綾の照葉樹林の深い森と谷底を見慣れた私には、たとえ途中にダムがあったとしても、その上流部には、深い山と谷しか想像できませんでした

2009年01月09日

宮崎滝めぐり・おせりの滝E

立冬を過ぎてもこのところ暖かい日が続いていた宮崎県ですが、12月7日の朝はこの冬一番の冷え込みで、凍え上がりました。
 明け方の最低気温が山あいの町・五ヶ瀬町鞍岡ではマイナス8度まで下がり一面銀世界と、これでも南国宮崎かと言った光景が新聞に掲載されていました。
 ここには日本最南端の天然スキー場があり、標高1684mの向坂山も今季のスキー場オープンのための整備が急ピッチで進んでいました。
 そんな冬の話題のひとつとしてですが、東北、北海道では遠く昔のこととなった紅葉が、ここ宮崎でやっと里まで下りてきました。
 紅葉というよりも黄葉でしょうか。
 近辺の山々はもとより、町中のイチョウの木々も鮮やかに黄金色に染まり、道行く人々を楽しませています。
 そんな師走の話題が集中する時期に、これは一体どういうことでしょうか。
おせりの昔話   湯どん
 【ある日、正直で働き者の千代ばあさんが、長ぶちの上を通りかかると、突然睡魔に襲われ、眠ってしまいました。ふと目を覚ますと、びっくり仰天、湯どんの回りに、金や銀の小袖、十二単衣が日の光りに輝き、笛・太鼓に混じって、歌声が聞こえてきました。孫にも見せようと、千代ばあさん、家に帰り孫を連れて戻ってくると、湯どん一帯は何ごとも無かったように、シーンと静まり返っていました。弁指(現在の区長に当たる)どんにその話をしたところ、「おせりさんの機嫌にかなった者は、龍宮世界に招かれると、言われちょる。お前は正直者なので迎えにきたのであろう。一人で行けばよかったのに。まあそのうち良いことがあるであろう」その後、千代ばあさんは、病気もせず長生きしたげな。】
おせりの昔話    浮膳ものがたり
 【村に祝い事があると、おせりさんから、膳、椀・箸一式を借りる習わしがありました。弁指(どんが水垢離をとり、身を清め、両刀を構え、おせりさんにお願いに行けば、次の日、社の裏の淵に、神紋の付いた膳・椀・箸一式が、お願いした数だけ浮いているのです。ある年、若者が膳の足を折ってしまったのですが、怒られるのが怖く、飯粒で張り合わせた膳を、淵に返してしまいました。そんなこととは露知らず翌年も、願いに行った弁指どん。しかし、膳・椀はもとより木の葉一枚も浮いてきません。びっくりした弁指どんが詮議したところ、、去年の祭りの日から病に伏している若者が膳を壊したことがわかり、すぐにおせりさんにお詫びに行ったところ、若者の病は良くなったけれど、それ以降、膳・椀・箸一式は、貸してくれなくなったげな】
おせりの昔話   黄金のみかん
【いつものように、働き者のミスばあさんが、おせりの草刈り場に出かけると、おせりの森一面が金色に輝いていました。中に入ってみると、黄金に輝く、みかんが、鈴なりになっていました。食べてみると、甘いこと、美味しいこと。しかし、一人で食べるのは勿体無いと、家に帰り、孫どもを連れて戻ってみると、みかんの木は無く、いのす(柚子・ゆず)の木にいのすが、なっていました。孫が食べてみると、すっぱい、すっぱい・・・・・「昔から、おせりさんに気に入られると、甘いみかんがなり、そうでないと、すっぱいいのすがなると言われちょる。お前は気に入られたんじゃ、きっと、いいことがあるはずじゃよ」と、弁指どんが言ったげな。】

2009年01月07日

宮崎滝めぐり・おせりの滝D

しかし、始めて見た滝の印象は、結構、知れ渡っている割には、何と規模が小さいのだろうと言うものでした。
 ところが、それは序章に過ぎませんでした。
 私が始めて目にしたのは、滝の最下部のほんの一部でした。
 前へ進むに従い、また上に上がるに従い、滝の素晴らしさが刻一刻と現れてきます。
 滝の正面の一番下の展望台から見る景色と2号展望台、3号展望台と、より高い所にも展望台があり、見る位置に事欠きません。
 しかもそれら見る位置により、滝の景観が全く違います。
 説明板には、最高部から一番下の滝まで3段に分かれていて、その高さは70mと書いてありました。
 滝の正面から白糸のように落ちる様は素晴らしいのひと言です。
 さらに、渓谷に架かる橋を渡って、滝が落ちる側から間近に滝を見ることもできます。
 こちらは、高さ70mとかなりの高度を誇る滝です。滝の落ちる様を真横から、また、滝つぼの間近まで行って、年中吹きすさぶ滝風を通してマイナスイオンを身体いっぱいに受けると、疲れなど吹っ飛び爽快な気分になります。
 何度も書きますが、これほどの規模の滝でこれほど色々な角度や位置から滝を見れるとはまさに驚きです。
 滝の横のかなり急勾配を上って行きますと、滝の上部にたどり着きます。
 そこには、滝音の喧騒からは想像できないような静かな渓谷がありました。
 上ってくるまでの過程は少々過酷ですが、恐らく夏は大変涼しい別世界の趣きでしょう。
 全国に誇れる素晴らしい滝を堪能することが出来ました。
 また、遊歩道のところどころには、この「おせりの滝」に関する逸話が書かれた看板が立っています。
 この滝をの理解を深めるためには、大変参考になる説明板です。
 一度、じっくり目に焼きつけ近い内に紹介したいと思っています。

2009年01月06日

宮崎滝めぐり・おせりの滝C

ところで、「おせりの滝」ですが、この「石峠レイクランド」から車で10分もすれば、「おせりの滝ここより1km」と言う看板が目に飛び込んできます。
 行ったことがありませんでしたので、果たしてどんな滝なのか皆目見当がつきません。
 国道から左へ折れて、ほどなくすると、神社のような建物が現れました。
 その先には公園管理棟があり、周辺紹介の大きな看板が掛かっています。
 周囲の山は照葉樹の大木が所狭しと幹を延ばしています。
 管理棟の裏側にはせせらぎがあり、渓谷を形作っています。
 その渓谷は夏は天然のプールになると案内板に紹介されていました。キャンプ場もあり、夏場は訪れる人々も今とは比べようもありません。
 ここに車を置いて、滝までは約300mほどでしょうか。
 案外近いところに滝が存在しているようです。
 国道から入ってきた道は、まだかなり上の方まで通っているようで、車も何台か上を目指していました。
 駐車場から約5分ほど歩くと、「おせりの滝」と言う看板が見えてきました。
 その看板の横を入っていくと、ここにも約10台程度車が止められる駐車場がありました。
 この駐車場のすぐ下は渓谷になっていて、その正面には水量は少ないですが、相撲の露払いよろしく拝水(ささげみず)の滝があります。
 ここから「おせりの滝」までは約200mです。
 滝までの遊歩道は見事に整備されていて、主な木々や植物には説明板が掛けられていて、子供たちはもちろん私たち大人も学習意欲を掻き立てられます。
 いよいよおせりの滝です。
 おせりは漢字では大斗と書きます。
 その滝には、滝壷に龍神が住むという龍神伝説が残っています。

2009年01月05日

宮崎滝めぐり・おせりの滝B

東郷町の西部で道は二つに分かれています。
 一つが真っ直ぐに進む椎葉方面の327号線。
 もう一方が牧水生家などを通って、美郷町南郷区に向かう国道446号線です。
 丁度、この分岐するところに東郷町の特産品を扱った「道の駅・東郷」があり、本日は日曜日とあって、多くの人々が訪れ、地元で獲れた農作物などを手に取り品定めをしていました。
 今日の目的地は、「おせりの滝」です。
 「道の駅・東郷」からですと、この国道327号線を約15kmほど椎葉方面に走った東臼杵郡美郷町西郷区内にあります。
 例によってこの道も2〜3年前までは月に1度は通っていた道です。
 ただ、仕事で通っていただけですので沿道の風景や景色にはまるで無頓着でした。
 もちろん、滝があること自体は知っていましたが、行って観ようと言う気持ちはこれっぽっちもありませんでした。
 国道に沿って耳川が流れていて、途中2ヶ所ほどにダムがあり、いずれもダム湖が広がっています。道沿いには桜の並木が道路に沿い延々と植栽されていて、桜の花が咲く季節には、それはもう、素晴らしい景色を楽しむことが出来ます。
 ダムは下流にあるのが大内原ダムで上流に西郷ダムがありますが、さらに上流に行きますと、有名なアーチ式の上椎葉ダムをはじめ多くのダムが架かっています。
 前に戻ります、大内原ダムの上流部は満々と水をたたえたダム湖になっていて、その対岸には石峠レイクランドと言う温泉施設、コテージ、プール、遊覧船などがあり、アウトドアスポーツの基地として特に、夏の間は賑わいます。

2009年01月04日

宮崎滝めぐり・おせりの滝@

前置きがながくなりましたが、7日は、そんなことも考慮して、延岡市の南部に位置する日向市から国道327号線を西に入り、秘境・椎葉方向に向かって車を走らせました。
 この道を通るのは何年ぶりでしょうか。
 日向市の西部の旧東郷町が平成の大合併で日向市に編入されてからでも3年が経過しています。
 台風14号がこの地区で猛威を振るったのが平成17年、もう3年も経っています。
 この東郷町もあの時以来で久しぶりです。
 現在、その災害復旧工事と東九州高速道路が急ピッチで建設されていますが、この高速道路へのアクセス道路も工事が進んでいて、特に旧東郷町から耳川沿いにかけては以前、来たときとは比べようもないほど変貌を遂げているのには驚きました。
 耳川をはさんだ役場の対岸にそびえる冠山は、その姿が王冠のような形をしており、標高438mとそんなに高くはありませんが、東郷町の中心部に覆いかぶさるように鎮座した様は、多くの登山愛好家の心を捉えて離しません。
 全国に同じ名前の山は数多くありますが、この山も負けてはいません。
 丁度、今の時期は紅葉が盛りで山腹は赤や黄色で萌えるような美しさを誇っています。
 地元の人にとっては、まさに心のふるさとで町のシンボルにもなっています。 冠山には登山道も整備されており、特に、今の時期とヤマザクラが山肌を彩る3月下旬から新緑にかけてが美しい山です。

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