2009年05月29日

宮崎〜高岡〜清武〜青島40kmウォークB

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この日、自宅を出たのが午前9時ちょうど。
今までの経験をもとにすると、目的地の青島に着くのは午後の5時30分の予定です。
昼食の時間は10分しか計算していません。
つまり8時間以上歩きぱなっしと言うことになります。
ただし、この行脚は片道のみ。
帰りは電車を利用するのが、自分で勝手に作ったルールです。
何故なら行程は1日のみであり、片道8時間もかけていたら、到底1日で消化し切ることは出来ません。
これが仮に、往きに4時間歩いて、同じコースを戻るとしたら、疲れは倍増するはずです。
見慣れたコースでも毎年毎年新しい発見があります。
それらの発見を楽しむのもウォーキングの醍醐味です。
歩いていると、すれ違う人々が必ず挨拶してくれます。
道を尋ねたり、野や庭先に咲く花の名を訊くと、必ずそのあとに、「どこから来なさったと?」と聞かれます。
そんなふれあいも楽しいものです。
午後5時10分、ほぼ予定通り青島の入口まで辿り着きました。
連休最後の休み、しかも夕方ですが、青島へ通じる参道はいつもより少しだけ訪れる人の数が多いようです。しかしながら、往時の賑わいは望むべくもありません。
沿道の3軒に1軒はシャッターが閉まっています。
「夢よもう一度」と、地元商店街の有志もイベントを企画しますが、大挙して観光客が訪れるには、正直魅せるものがないと言うのが今の青島の姿です。
帰りに、青島へ渡る沿道沿いにある県立青島亜熱帯植物園を訪れました。
折から、「宮崎フラワーフェスタ」の関連イベントとして「ブーゲンビレア・マツリ」が開催されていて、「ブーゲンマウンテン」を始め80品種約400株のブーゲンビレアが園内を彩っていました。
普通はパープルカラーしかお目にかかれませんが、ダイダイ色、白色、赤などまさにここでしか見ることの出来ない品種のオンパレードです。
5月24日まで開かれていますので、一度足を運ばれることをお奨めします。
posted by 日向夏 at 22:02| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎〜高岡〜清武〜青島40kmウォークB

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この日、自宅を出たのが午前9時ちょうど。
今までの経験をもとにすると、目的地の青島に着くのは午後の5時30分の予定です。
昼食の時間は10分しか計算していません。
つまり8時間以上歩きぱなっしと言うことになります。
ただし、この行脚は片道のみ。
帰りは電車を利用するのが、自分で勝手に作ったルールです。
何故なら行程は1日のみであり、片道8時間もかけていたら、到底1日で消化し切ることは出来ません。
これが仮に、往きに4時間歩いて、同じコースを戻るとしたら、疲れは倍増するはずです。
見慣れたコースでも毎年毎年新しい発見があります。
それらの発見を楽しむのもウォーキングの醍醐味です。
歩いていると、すれ違う人々が必ず挨拶してくれます。
道を尋ねたり、野や庭先に咲く花の名を訊くと、必ずそのあとに、「どこから来なさったと?」と聞かれます。
そんなふれあいも楽しいものです。
午後5時10分、ほぼ予定通り青島の入口まで辿り着きました。
連休最後の休み、しかも夕方ですが、青島へ通じる参道はいつもより少しだけ訪れる人の数が多いようです。しかしながら、往時の賑わいは望むべくもありません。
沿道の3軒に1軒はシャッターが閉まっています。
「夢よもう一度」と、地元商店街の有志もイベントを企画しますが、大挙して観光客が訪れるには、正直魅せるものがないと言うのが今の青島の姿です。
帰りに、青島へ渡る沿道沿いにある県立青島亜熱帯植物園を訪れました。
折から、「宮崎フラワーフェスタ」の関連イベントとして「ブーゲンビレア・マツリ」が開催されていて、「ブーゲンマウンテン」を始め80品種約400株のブーゲンビレアが園内を彩っていました。
普通はパープルカラーしかお目にかかれませんが、ダイダイ色、白色、赤などまさにここでしか見ることの出来ない品種のオンパレードです。
5月24日まで開かれていますので、一度足を運ばれることをお奨めします。
posted by 日向夏 at 21:30| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

宮崎〜高岡〜清武〜青島40kmウォークA

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特に、この季節は1年中で一番花々がキレイに咲き誇る時機でもあります。
ツツジは、ほぼ終わりましたが、アヤメやシャクナゲ、名も無きたくさんの山野草、みかんの花、それに道中の民家の庭先では、赤、白、黄色のツルやミニ、イングリッシュのバラの花が鮮やかに咲いています。
途中の名所を訪ねるのも楽しみの一つであります。
今回は、初めて清武町木原にある黒坂観音を訪ねました。
この神社は歩行コース沿いにあり、これまでもその気になれば簡単に行ける所にありますが、いままではそんな名所、旧跡に関心が無くパスしていました。
今回訪れて、この神社境内にたくさんの石塔群があるのを知りました。
石塔(せきとう)とは、供養などのため石を積んで塔の形にしたものを言います。
または石造の仏塔のことで仏舎利を安置するための供養塔の意味で使われることもあります。
三重、五重、七重、九重などの石塔が日本全国に分布しています。
清武町教育委員会によりますと、この黒坂観音に安置されている石塔は、実際は周辺の丘陵部に存在していたもので、昭和57年から発掘調査が始まり、五輪塔が約450基、板の碑が80基ほど確認され、保存を目的にこの地に移されました。
出土したときはすべて倒壊した状態でありましたが、10数区に区分されていてそれぞれがコの字形に五輪塔や板碑が配置されていました。
この境内の中に安置されている弘安8年(1285年)の銘のある宮崎県指定有形文化財の「五輪塔」も同一の場所から出土しました。
五輪塔は、供養塔の一種で、四つの部分からなっていて、それぞれ下から地輪、水輪、火輪、空風輪と称し、密教の五大思想を表しています。
県の指定を受けているのはその内の地輪と水輪で他は別個のモノです。
水輪には前面と背面に弘安8年(1285年)の刻名があり、鎌倉期の五輪塔として大変貴重なものです。
この五輪塔は、もともとは約1km南東の勢田寺境内にありましたが、同寺が廃寺となった明治時代の初め頃に現在地に移されたと言われています。
出土した石塔には紀年銘のあるものも数基確認されています。
最も古いものは応永25年のものですが、さらに古い特徴を持つ五輪塔も存在しています。
大部分のこの石塔群は鎌倉時代末期から江戸時代初期の約300年間に作られたと伝えられています。
石塔群は前述のように日本各地に存在しますが、これほど大規模の石塔群となると国内でもあまり例がなく、中世の武士文化の一端を知る貴重な文化的遺跡として現在の地で保存されています。
posted by 日向夏 at 23:47| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

宮崎〜高岡〜清武〜青島40kmウォーク@

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5月6日(水)、今年のゴールデンウィークも今日が最後。
この春から高速道路ETC料金が日祭日に限って1000円ポッキリとなり、連休期間中は盆正月を上回る記録的な渋滞が至るところで起きたようです。
テレビを観ていたら、@たとえ道路が混んでも安い方が良い、A通常の料金でも良いから渋滞するのはゴメンの、どちらが良いかと言うアンケートをやっていました。
結果は渋滞はゴメンと言う回答が60%を超えていました。
いくら安くても行きたい所に無理して行っても、残るのは不便さを我慢した疲れだけと、そう言うことでしょうか。宮崎県の道路も県外ナンバーが多く見かけられました。
高千穂や鵜戸神宮など、代表的な観光地は人が押し寄せて大混雑したと、テレビや新聞が伝えていました。ただ、不況の真っ只中、サイフのヒモはなかなか緩まなかったようです。
ところで、私はここ5年ばかりこの連休中の1日を自宅から青島まで約45kmを歩くことにしています。
今年は昨日(6日)、いつものようにロングウォークを実行しました。
出来るだけ距離を稼ぐため、山手をまわり、高岡から清武、双石山麓を通って目的地に向かいました。
このコースは今年6回目で、もはや新鮮味はありませんが、何故かこの時機になると足が向いてしまいます。ひとつには、自分自身の体力を試す目安になっています。
始めて歩いた時は、途中で何回も足がつり、2度目の時はふくらはぎが痛くて歩くことさえままならない状態に陥りました。
3度目からは、日頃歩いたりジョギングしたりしていましたので、ほとんど苦になりませんでした。
今回はと言いますと、昨秋に傷めた右ヒザが途中から痛みだし、きついきつい45kmとなりました。
それでも見慣れた光景に出くわすと、疲れが取れ痛みも和らぎますから不思議です。
コース自体はほとんど平坦地で、何の変哲もありません。
ただ、緑が濃く若葉が輝いていて、さわやかな気候の中を歩くのですから、気分がリフレッシュします。
posted by 日向夏 at 22:59| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

宮崎県西米良村九州山地を歩くD

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折角ここまできたのですから、滝の駐車スペースに車を停めて、周囲を散策がてら歩くことにしました。
南郷の方面に上っていくと、山の頂上付近で、杉の伐採が盛んに行われていました。
その真下を通ってさらに上って行き、峠の頂点が大体標高900m位でしょうか。
少し雲って風が強く気温3度と肌寒さを覚えますが見晴らしは最高です。
南を見ると天包山(1189m)、その北側に石堂山(1546m)、石堂山の西には市房山(1721m)がそびえています。
この3つの山は米良3山と言って登山愛好家には人気の山です。
翻って東の方角には烏帽子岳(1125m)がすぐ近くに見えています。
西米良村商工観光課では、この美しい山々や周辺の観光地・菊池氏資料館、歴史民族資料館、元米良星兜出土地、井戸内養鱒や天包山高原、布水の滝から小川城址公園そして最後に西米良温泉「ゆたーと」などを巡る何種類かのコースを設定、「西米良探索」として観光客誘致に努めています。
峠を下ると、どこまで下りが続くか分からないため、適当なところで車に引き返すことにしました。
ここまで片道1時間40分経過しています。
肌寒いこの辺りには、まだヤブツバキが群生していました。
帰りは1時間以上下りが続きます。
山の上の林道にしては、道幅も広く完全舗装されていて気持ちよく歩くことができます。
と、カーブを曲がってしばらく進んだ道路脇の空き地に、1頭の雄の若いシカがこっちを見て立っています。興味深そうに私を見つめています。
近づいても逃げようともしません。
その距離6〜7m、ジッとしてポーズを取ってくれるので、記念写真を何枚か撮ってやりました。
その間約5分。
写真を撮り終えると、満足したのか?後を振り返りながら名残惜しそうに森の中に消えていきました。
この周辺には杉の苗がたくさん植えてありますが、周囲はネットで囲まれています。
シカの食害を防ぐためのものです。
最近は、シカやイノシシなど動物による農作物の被害が深刻になっています。
どうにかして人間と動物が共存できる環境の、早い段階での実現を期待したいものです。
午後4時過ぎ車まで戻ってきました。
帰りは歩いてきた方向をひた走り、越野尾集落より2山ほど東側の銀鏡(しろみ)集落を目指して山を下りる予定です。
ウォーキングの時間は3時間弱と少なかったですが、山のキレイな空気と景色で十分リフレッシュすることが出来ました。
posted by 日向夏 at 22:58| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月25日

宮崎県西米良村九州山地を歩くC

すると突然、道路の真横から水が流れ落ちるのが見えてきました。
見上げると、葉を伸ばす木々にさえぎられて滝の落ち口が見えません。
しかし、まさに断崖絶壁、90度のそそり立った岩肌の上部から水が落ちています。
あまりに高いので水が風に翻弄されて、右に左に揺さぶられながら落ちています。
「これが「布水の滝」か!?」見上げると、首が痛くなるほどの高さです。
しかも、車を降りて歩くことも要りません。道中は長かったですが、車を降り見上げると滝、しかも二つの滝とも同じようなシチュエーションです。
どちらも滝壺はないようです。
「布水の滝」は1m50cmほどの高さの落石防止用のセメント壁が造られています。
そこを飛び越えて水の落ちる所まで行こうとしましたが、急傾斜と岩がゴロゴロしていて、前へ進むことは出来ません。
足場も良くありません。
早々に撤退し、道の反対側から見上げて写真に収めました。
それにしても、すごい高さです。
案内板には75mと書いてありましたが、いつも見慣れた、大量の水が滝壺に落ちる滝とはまた違った趣きです。一ツ瀬川水系では最も落差のある滝と言われています。
このように「布水の滝」の滝は高さがありますので、梅雨などの雨量の多いときの迫力は相当なものです。また、標高700m前後の高地にありますので、秋の紅葉シーズンや厳冬期には滝が凍り、素晴らしい景観を見せてくれます。 aya09 088.jpg
posted by 日向夏 at 22:49| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

宮崎県西米良村九州山地を歩くB

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近くまでは行けないので道路のすぐ脇に滝見の木製の展望所が設けられています。
案内板に書かれた謂(い)われを紹介しますと、
「うるし兄弟伝説」
小川川に蛇渕という渕があり、昔「うるし」をとって生活する兄弟がいて兄は上質のうるしをこの渕に隠し金に替えていました。
これに気づいた弟が盗んで売り歩きました。
そこで兄は木彫の竜を渕に仕掛け弟を近づかせないようにしました。
あとで兄がうるしをとりに行くと、竜は生きており兄は必死の思いで逃げ帰りました。
兄は欲を出したことを反省し、以後兄弟仲良く暮しました・・・・・。
そして、徐々に高度は上っていきます。
相変わらず小川川の水量は豊富で音を立てて流れています。蛇渕から7〜8分ほど急坂を上ったところで、日向市の西方の美郷町南郷区から通じている道と合流しました。
大き目の地図には、道路の存在がありませんでしたのでビックリしましたが、標識板に南郷区(美郷町)と書いてありましたので来た道を引き返さず上っていけば、新しい発見があるかもしれないと少しホッとしました。
丁度、合流地点には「虹の滝」と言う高さ40m位でしょうか、2段式の滝がありました。
風がありましたので、落ちてくる水が霧状になっています。名前の「虹」の由来は、霧状に落ちてくる途中で太陽の光りの影響で虹を作るのでしょうか。
水量が結構ありますので見応えのある滝です。
さらに、そこから約1q、越野尾の合流点からですと18kmの地点に「布水の滝」がありました。
実は、今日の目的の大部分はこの二つの滝の写真撮りです。
いずれも少々の地図には載っていて知る人は知っている滝なのでしょう。
こんな山道にどんな滝があるのか。どうせ大したことはないのではないか。
何故なら、先ほどの「虹の滝」が小川川の本流のはず。
それより水量があるはずもないし。とまあ、あまり期待せず車を走らせていました。


posted by 日向夏 at 23:44| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県西米良村九州山地を歩くA

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小川の集落はここから、約8kmほど小川川沿いを上ったところにあります。
約18年前の夏の暑い日、川に漬かろうとこの道を小川まで行ったことがありますが、その当時はまだまだ、道路が整備されてなく資料館なども記憶にありませんでした。
車ですと、越野尾集落から15分ほどで到着する距離ですが、山あいの渓谷を抜けると、辺りの景色が一変します。
特に小川城址公園を中心とする地域は、米良の歴史や民話を題材に村が積極的に村おこしを進め、観光に結び付けて、今では多くの人々が訪れるようになりました。
 (注)小川は旧米良領主の居城址で、江戸時代中期から明治維新に至る約200年間、米良の中心地として栄えたところです。
米良・菊池氏の歴史は、1501(文亀元)年、南朝方の武将として名高い肥後・菊池氏第22代能運がその一子を日向の国米良山にひそかに落ち延びさせたことから始まります。
入山した菊池氏は米良姓を名乗りましたが、文武に優れ礼節を重んじ、合議制による民主的な施政を敷き、幕末までの約400年にわたり村を統治しました。
最後の領主の則忠公は領地のすべてを領民に分かち与え、人々の生活を援助。
その遺徳は今もなお米良の歴史とともに語り継がれています。
小川城址公園、資料館を訪れると、ここ小川の歴史を詳細に渡って知ることができます。
今回はもう少し奥に入るつもりでしたので、小川地区はパスしました。
その奥ですが、狭いながらもアスファルト舗装が施されていて山道でも、快適なドライブが楽しめます。
特に、道と平行して流れる小川川の水のきれいさ、冷たさ、渓谷美は手付かずの自然があってこその景観です。
前夜の雨で水かさが少し増していることも、その景観をより引き立たせています。
越野尾集落から入って約14km、「蛇渕」と言う滝の看板が見えて来ました。
posted by 日向夏 at 00:12| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

宮崎県西米良村九州山地を歩く@

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4月27日(月)  昨日、宮崎の奥座敷・綾町の照葉樹林帯を5時間ほど歩き、萌えるような若葉のエネルギッシュな輝きを身体一杯に浴びることが出来ました。
連休2日目はもう少し九州山地の奥に入って、春をダイナミックに味わおうと、車を北の方角に向けて出かけました。
と、言っても何を見ようとかどこを歩こうとか、具体的な計画は何もありません。
ただ道があれば、その先に何があるか、どうなっているかを確かめたいと言う好奇心を満たすいつもの行動パターンです。
で、今回は宮崎県の中央に位置する西都市から西米良村に向かいました。
この道は3月に、道路と平行に流れる一ツ瀬川と、街道の桜を観に来たばかりです。
しかしながら、一ツ瀬川の至る所から支流が流れ込み、しかもその多くの支流に沿って道が延びていて、標高1,000m級の山の中腹や麓に集落が点在している、大小はありますが、そんな似たような景色が広がっています。
その一つひとつに足を踏み入れるだけで1日かかってしまいます。
今日はその中で比較的集落の規模が大きい小川地区に通じる小川川に沿って車を走らせました。
西都市から国道219号線・米良街道を走ること約40分、長さ1,000mを超える鏡鏡隧道(しろみずいどう)と山之戸隧道をくぐると、西米良村越野尾地区に出ます。
ここは、支流としては大きい方の小川川が本流に流れ込む合流地点に当ります。
その昔、林業や農業などで多くの人々が暮し、小学校や中学校にはたくさんの児童や生徒が通っていました。
しかし、昭和30年代に一ツ瀬ダムが出来きてそれらの施設は全てダム湖に水没、多くの人が村を去り、今ではわずかの人々が暮らす過疎の集落になっています。
越野尾橋のたもとには、水没した学校を表す碑が建っています。
posted by 日向夏 at 23:30| 宮崎 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

宮崎県綾町の照葉樹林を歩くB

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水量が多く周囲には誰もいないので川に落ちたら助からないでしょう。
滑らないよう細心の注意を払い何とか写真をモノにすることが出来ました・・・・・・。
綾の照葉樹林と言っても、これまでは遠くから眺めて写真を撮ってと言う程度でしたが、今回は実際にその真っ只中に入って、その迫力を実感しました。
何本もの大木が朽ち果て無造作に横たわっている姿で大自然の厳しさを実感し、幹周りが4mを超え、樹高が30mはあろうかと言うタブやカシ、イスノキの大木がそそり立つ姿は迫力満点で自然のたくましさを感じました。
石ころがゴロゴロしている遊歩道の真ん中に、普通は邪魔で切ってしまう樹木がここでは堂々と立っています。
1歩樹林に足を入れた瞬間から、悠久の時を超えて醸成されたかけがえのない森に圧倒されて足がすくみました。
そして畏怖の念を抱きました。
何か特別の場所にいるような感覚を覚えました。
ところで、亡くなったジャーナリストの筑紫哲也氏が、「日本で一番美しいと思うものは何か」と、言う問いに「綾町」答えたのを聞いたことがあります。
もちろん、主にこの照葉樹林を指してのことでした。
同氏はこの素晴らしい自然をこよなく愛していて何度もここを訪れ、担当していた『ニュース23』などで、「一度手を入れたら二度と再生しない」と、この樹林の保護を強く訴えていました。
今回、私が始めて経験した綾町の照葉樹林は、ほんのごく一部ですが、それでも大きな感動を味わうことが出来ました。
少しだけ筑紫氏の気持ちが分かったような気がします。
ただなんとなく吊橋を渡って引き返すだけでは、この照葉樹林の本当の魅力は理解できないでしょう。
時間があれば、実際にこの森に入って体感されることをお奨めします。
posted by 日向夏 at 23:54| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

宮崎県綾町の照葉樹林を歩くA

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吊橋の中央部には床が透けて見える演出が施されていて、スリル満点ですが、高所に弱い人にとっては背筋が寒くなるような耐えられない恐怖を味わうことになります。
大吊橋の上流には水面から約22mのところに「カジカ吊橋」が架けられていて、大吊橋の対岸から遊歩道を通って行くことが出来ます。
しかしながら、道中はかなり起伏が激しく、遊歩道と言っても自然に優しく造ってあるので人間にとっては反対に厳しいかもしれません。
大吊橋を何回も渡っている私にとっての今回の目的は、このカジカ橋周辺の散策です。
大吊橋から時計と反対周りで1周するコースを敬遠して、ちゃっかり出口から入って急坂を一気に150mほど下って行った先にカジカ橋と言う寸法です。
このコースだと、時間と距離が節約出来、一石二鳥です。
ただ、この反対周りは、出口から入ろうとしても、回転式ドアが逆方向には回らず、柵や金網で入られないようにしてありますので本当はNGです。
大吊橋から回るコースを取れば、カジカ吊橋を渡って急坂を上ると、大吊橋のエントランスに当る国道沿いの入口まで戻ることが出来ます。
カジカ橋を渡るのは、今回がはじめてです。
吊橋の上から見上げると、大吊橋が小さく見えています。
周囲の深い緑に銀色の吊橋が映えていて他では味わえない素晴らしい景観です。
下を見ると綾南川が前々日、降った雨で水かさを増して勢いよく流れています。
ここまで来たついでに河原へ下りられないか探したところ、遊歩道が下流の大吊橋に向かって延びていましたので、そこを下り途中から比較的容易に下りられるなだらかな傾斜の所からなんとか河原に出ることができました。
ここからだと、2つの吊橋がカメラに収められます。
posted by 日向夏 at 23:15| 宮崎 | Comment(1) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

宮崎県綾町の照葉樹林を歩く@

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4月26日(日)、何時以来でしょうか?  空模様を気にしないでウォーキングを楽しむことができました。
ただ、久しぶりに大陸から寒気が南下し、このところ暖かいと言うよりも暑い日が続いていたので、北風が身体に凍みる1日でもありました。
新緑がまばゆいこの季節は何故か、昨年と同じ行動パターンを取ってしまいます。
昨年もこの季節に訪れている宮崎の奥座敷・綾町の照葉樹林帯に足を踏み入れました。
歩く距離をかせぐため、車は綾町の役場に近い体育館に置いて、そこからスタートです。
目的地は綾の照葉樹林内にある照葉大吊橋です。
役場から丁度10kmの距離にあります。
この吊橋はお隣の大分県の九重に大吊橋が出来るまでは東洋一の名をほしいままにしていました。
訪れる観光客も現在とは比較にならないほどでした。現在は、一時激減した時機から回復傾向を辿っています。
特に緑がまばゆい今の時期は森林浴に、夏はキャンプや川遊びにと、一番人々で賑わう季節を迎えます。この綾町の照葉樹林帯は日本有数のスケールで、東北の北上山地のブナ林のように世界遺産指定に向けて地元が積極的な運動を展開していました。
結局、登録までには至りませんでしたが、手付かずの原生林が広い範囲で伐採をのがれ、自然の姿で残っていることに変わりはありません。
道中の10kmは徐々に上りながら、そんな照葉樹林の息吹を身体いっぱいに浴びて、生き返ったような新鮮な気持ちになることが出来ました。
大吊橋までの道路は整備が進み、折から黄金週間の始まりのこの日は、訪れる観光客が多く、中でも県外ナンバーの車がたくさん私の横を抜いていきました。
吊橋には約2時間と10分で到着です。
この吊橋は長さ250m、水面からの高さは142mあります。
posted by 日向夏 at 22:30| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

宮崎市東部サイクリングロードC

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ただ、残念だったのは、釣り人でしょうか四輪駆動車をこの砂地に乗り入れ、ハマヒルガオの花が無残にもタイヤ痕で踏みにじられていたのです。
花は全くの素人ですので、この花がどこでも見かけるただの山野草なのか、あまり観ることのない珍しい花なのか分かりませんが、少なくとも入ってはいけない所に車を乗り入れる行為は、責められるべきでしょう。さらにこの海岸には天然記念物のアカウミガメが産卵に上陸するのです。
ワダチが残れば、カメは産卵する場所までたどり着けません。
孵化した子ガメは海への進路を塞がれます。
海岸線が、侵食で後退したり砂浜のゴミなど、環境悪化でこのところ、上陸するカメの数は減り続けています。
地球温暖化が叫ばれて久しい今日、一人ひとりが自然に目を向ければ、かけがえのない地球、かけがえのない自然の存在をより身近なものとして大事にすると思うのですが・・・。
アカウミガメの産卵地
昭和55年宮崎県指定天然記念物
5月から9月にかけて、日本の太平洋岸にやってきて産卵するアカウミガメは、甲長90センチメートル、体重100`超にもなる雑食性のカメです。
南北に長い海岸線を持つここ佐土原の海岸には毎年、数百頭の上陸が確認されています。
産卵は、砂浜に幅20センチメートル、深さ40センチメートルほどの穴を掘り、一度に80個から150個のピンポン玉ぐらいの卵を産み落とします。
普通は約60日ぐらいで子ガメとなり、海へ帰って行きます。
産卵のため上陸するアカウミガメは毎年その数が減少しています。
そのため天然記念物として県に指定されました。
posted by 日向夏 at 23:47| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

宮崎市東部サイクリングロードB

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マイクロ波通信タワー
空にそびえ立つ巨大タワーは、KDD宮崎海底線中継所(宮崎市佐土原町大炊田地区)の」『マイクロ波通信タワー』で、国際通信のための重要施設です。
高さ90m、鉄筋コンクリート製で、当地の美しい自然環境を配慮し、外観に工夫が凝らされています。
このマイクロ波通信タワーは、山口県にある同社の衛星通信所、さらには東京の国際通信センターとの間で電波信号を送信、受信するため、上部にアンテナが搭載されています。
みなさんがかける国際電話を鮮明に、確実にそして、大量に運ぶためより大きくより高く建てられたのです。なお、同中継所には、世界各地と直接結ぶ海底カーブル(光ファイバー)が、収容されています。
佐土原温泉石崎浜荘
国民宿舎と国民保養センターを併設した「佐土原温泉石崎浜荘」は、宮崎市佐土原町の東部、太平洋に程近い松林の中にあります。
この温泉は、約1500万年前、尾鈴山付近の噴火活動によって出来た、花崗岩類の亀裂から湧出する放射能泉で、ラジウム、ヨウ素、塩化物を含みリュウマチ、切り傷、湿疹などに卓効があります。
石崎浜荘は、周りを緑深い松林に囲まれ、その先には青い海原が広がり、潮風の心地よい抜群の環境の中にある養地です。
建物の東側には静かな池が広がり2階展望風呂からの眺望は、素晴らしく、何度でも来たくなる魅力を秘めています。
宮崎市から車で30分と、非常に便利なところに位置しています。
日常生活の喧騒から逃れて1日静かな温泉に漬かり、至福の時を過ごし英気を養うのもまた、明日への大いなる活力につながります。
posted by 日向夏 at 23:03| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

宮崎市東部サイクリングロードA

このサイクリングロードは道幅3m弱、完全舗装の上、所どころにベンチなどが設置してあり、当然車はシャットアウトの安全快適な道路です。
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道端は、1年中で一番山野草が綺麗な時季を迎えています。
野バラ、白藤、ハマヒルガオなどが咲き誇っています。
約30分で有料道路へ出ました。
道はまだ、南へ延びていますが、空からポツリポツリ落ちてきました。
ここで無理をせず、引き返すことにしました。
しかしながら、本降りではないので花々をカメラに収める余裕はありました。
車があるところまで戻ると、雨は止んでいました。
折角です。「北にも足を延ばそう。」と、5km先の一ツ瀬川を目指しました。
道中には石崎浜荘や石崎川に架かる渚橋、KDDの電波タワーなど見どころ一杯です。
また、一ツ瀬川に近い海岸の護岸堤の脇にはハマヒルガオの大群落が今や盛りと大輪の花を咲かせていました。
posted by 日向夏 at 23:42| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

宮崎市東部サイクリングロード@

4月21日(月)、昨日出勤の本日は代休日。
しかし、昨日まであんなに良かった空模様が朝起きると、遠くがモヤって雲が低く垂れ込めています。
天気予報も午後から本格的な雨と伝えています。
先週こそ晴天に恵まれましたが、その前の週までは、私の休日は雨にたたられ満足なウォーキングが出来ませんでした。今年から雨男になったような感じです。
そしてこの日も予報は芳しくありません。
雨が降ると、あまり長い時間歩くことが出来ません。
とりあえず、自宅で様子をみることにしました。
午前中は雲が覆ってはいますが、何とか持ちました。
午後0時30分、見上げると雲が薄くなっています。
折角の休日、少しでも身体を動かそうと、自宅を出ました。
車を走らせながら適当なウォーキングコースを思い巡らせるのですが、なかなかコースが浮かんできません。
晴れていればすぐにでも行きたい所はあるのですが、どうしても空模様が気になります。
そうこうしていると、いつのまにか海の方に向かっています。
「そうだ!サイクリングロードを歩こう!!」
私にとってのサイクリングロードとは、宮崎の海岸線から、佐土原を通って西都市の西都原古墳群へと通じる道路を意味します。
車を宮崎市佐土原町にある国民宿舎「石崎浜荘」へ向けました。
この宿泊施設は海岸の防風林の中にあってその東側をサイクリングロードが通っています。
車は石崎浜荘の横を抜けて海岸へと通じる道路の空き地に置きました。
サイクリングロードはすぐそばを通っています。
ここから南に下って行くと宮崎市の海岸線沿いを走っている一ツ葉有料道路に出ます。
北に向かうと、一ツ瀬川沿いを西都原古墳群の方へ行くことが出来ます。
しかし、今回は途中で降ってきそうですので、まず南に下りました。
今日は、身体を動かすだけでヨシとし、雨が降ってきてもあまり濡れないよう有料道路のインターチェンジまでのせいぜい1時間程度のコースを歩くことにしました。
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posted by 日向夏 at 21:02| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県日南市の南部訪問B

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残念ながら?この日は人っ子ひとりいない貸し切り状態で存分に楽しむことが出来ました。
さて、これでこの日は十分なのですが、ツツジの園に来る途中に見かけた案内板が気になるのです。
「入道山の滝→」周囲は高い山が連なっています。
どんな滝か、どのくらい奥にあるのか、全く情報はありませんが、地形的に見ても名前が付いていることからもかなりの滝なのでしょう。
折角、ここまで来たのですから行って見ることにしました。
車が通るのがやっとの細い道がドンドン上っています。
民家がところどころにあり、塀や庭にはツツジを筆頭に色とりどりの花が咲いています。
沿道には宮崎名産の日向夏の実が、たわわになっていて強烈な香りが漂ってきます。
ツツジ園からは既に40分上りっぱなしです。
案内板が途中2ヶ所ありましたが、矢印だけで滝までの距離が全くわかりません。
かなりな勾配です。ちょっと脱落しそうです。
目の前には山が迫っています。
「どこかで道を聞かなくちゃ。」この辺りはビニールハウスが結構あり、人がいるらしくラジオの声が聞こえてきます。
一番山沿いで勾配のきつい坂道の脇にあったハウスの中に入っていきました。
すると、ご夫婦でしょうか、その奥にもう一人、日向夏の収穫に追われている最中でした。
「この辺りに滝があると聞いたのですが・・・。」
「あぁ〜滝ならこん山を上って向こう側に下りたとこんあるが・・・。かなりきちぃよ・・。」ご主人でしょうか、親切に教えてくれました。
「山の向こう側・・・・?」一瞬、たじろぎました。「有り難うございました・・・・・。」
山の向こう側とは尋常ではありません。たどり付けるのだろうか。
ズーッと坂道で足が重くなっています。
目の前の山も杉で覆われていてどこまで上ったら下りになるのか見当がつきません。
しかし、ここまで来たら引き返せません。
気を取り直して前進あるのみです。
時計は3時を指そうとしています。
帰りを考えたらギリギリの時間です。
幸い右ヒザは何ともありません。
気力をふりしぼり峠へ到着、後は下って行けば滝があるはずです。
そしてようやく、道端に立つ案内板を見つけました。到着です。
案内板の脇を林に入ると誘導ロープがあり、下りて行くと谷に出ました。
ところが、滝の気配がないのです。下流に行ってもありません。上流をみてもありません。
とてもとても滝があるような流れではありません。
一体どういうことでしょう。
そう思いながら上流に10mも進んだでしょうか。
ふと右側のガケを見ると、水が7〜8mの地点から岩を伝って落ちているではありませんか。
「何!これが滝か・・・。それにしても小さいのう・・・。」小さ過ぎてびっくりです。
拍子抜けです。
しかし、考えて見ますとこんな滝でも「入道山の滝」と言うちゃんとした名前が付いていて案内板も何枚も設置してあります。
地元の人に聞けばきっと謂われがあるはずです。
大きさはどうであれ地元の人々にとっては、昔から大切な滝なのでしょう。
とりあえず、目的は達しました。
さて、ここからは帰路です。
まず難関は、下ってきた山を上らなければならないことですが、峠を過ぎればあとは下り坂が延々と続くはず。
そして、日没まで3時間ちょっとでしたが、まだ明るいうちに車まで戻ることが出来ました。
2日間で約11時間、距離にして40q余りですが、新しい発見の連続、知らないことが何と多いことか、まだまだ歩かねばならないことを痛感しました。
往還馬場のいわれ
ここの道路、関所馬場通りは、昭和5年頃、下の県道開削まで主要街道であった。「おかんばば」と、愛称されて子供の遊び場であり、十五夜の綱引きや盆踊りなどの色々の催しが行われた所だった。平成6・7・8年に南平住民の努力で舗装整備された。
posted by 日向夏 at 00:21| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

宮崎県日南市の南部訪問A

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ひととおり学校の周辺を歩いてみましたがしかし、祭りが行われるようなツツジの園は見当たりません。
まばらな民家の戸をたたいてもどこも留守。1軒住民がいましたが、ご高齢で要領を得ずです。
仕方なく先へ歩を進めることにしました。
道路だけは相変わらず広々としています。
周囲の山々はこの地方特産の杉(飫肥杉)で覆われています。
民家もポツリポツリあるのですが、どこも留守のようで人の気配がありません。
小学校から既に30分が経過しています。2kmは進んだことになります。
あのラジオのお知らせは聞き違いだったのだろうか。半分諦めの境地です。
道端にはツツジや芝ザクラが植えてあります。
芝ザクラのあの紫色は良く目立ちますね。
前方に脇道が見えてきました。民家も軒を連ねています。
新しい道ができる前はこちらが本道だったのでしょう。300mほど歩くと、また広い道に合流です。
その合流地点にある畑で、やっと、花を手入れしていたご老人に会うことが出来ました。
早速尋ねますと、意外にも簡単に答えが返ってきました。
「ツツジん神社はこん先にあるが・・・。500mくらい行ったとこを右に曲がりない、すぐじゃが・・・。」
「もうないと思っていたツツジの園がまだ先にあるとは・・・!」
想像していたのとはかなりかけ離れた場所ですが、坂道でクタクタの身体に元気をもらった気分です。
聞いたとおりに道を進み坂道を駆け上がったところにそれはありました。
見た瞬間、「なんと鮮やかなんだろう。キレイだ!」
こんな過疎の集落にこんな素晴らしいツツジ園。
神社横に石で出来た休憩用ベンチとテーブル、その横に郷土の銘木と書かれたエノキの大木がそびえ、右手の10mの土手には色とりどりのツツジが咲き誇っています。
群落の中には小道があり、登ると広い庭の向こうに南平公民館があります。
この庭の周囲には東屋があり、そこをツツジが取り巻いて咲いています。
この辺りが園の目玉でしょうか。
周囲の山々が緑一色ですので、このツツジ園の色鮮やかさは一層引き立って見えます。
昨日はさぞかし多くの人々が訪れて、感嘆の声を挙げたことでしょう。
神社とツツジと東屋とエノキの大木、すべてがマッチしてコンパクトながら時の過ぎるのも忘れるほどの見事な空間を演出しています。
posted by 日向夏 at 23:28| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

宮崎県日南市の南部訪問@

4月13日(月)、2〜3日前、ラジオを聴いていたら宮崎県日南市の大窪小学校近くでツツジ祭りが行われると言う話しを伝えていました。
前日の日曜日が県の北部よりの都農町ですから、連休の2日目は県の南部地区で適当な所がないか探していましたので渡りに船です。
日南市は先日、飫肥の城下町を訪ねたばかりですが、今回はそれよりも2山南にある中山間地域を歩くことになります。
隣町の旧南郷町に入る手前から右に折れ山がある方に入ります。
約2qほどのところ、細田地区の川のたもとに車を置いて南西の方角に向けて歩き出しました。
時計は、午前11時30分を回ったばかりですので時間は十分あります。
ただ、前日5時間歩いたばかりなので右ヒザの具合が気になります。
まあ無理せず気楽に沿道の風景を楽しみながら歩くことにしました。
前日と違って片側1車線の広い道路が続いています。
車は1〜2分で一台あるかないか程度で、歩道がついていて比較的安全です。
難点と言えば、道が広くて前方の視界が良いのでなかなか進んだ感じがしないことでしょうか。
最初の30分は平坦だった道が徐々に坂道と変わってきました。
地図を持っていないため分かりませんが、当然のことながら山に差し掛かるに連れ高度は増していきます。体力のある往きですのでなんとかしのいでいますが、帰りが心配です。
時計が午後1時を過ぎた頃、やっと緩やかな下りになり沿道に民家が数軒見えてきました。
その中に大書された大窪小学校と言う文字が目に飛び込んできました。
子供の元気な声が道まで聞こえてきます。
「やっと着いた。」
昨日のツツジ祭りはこの周辺で行われたはずです。
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posted by 日向夏 at 23:44| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

宮崎県都農町の里山歩きB

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  山陰一揆碑
かなり歩き回り腹も減っていて、いつもの粗食であっても「高級レストランの味」を久しぶりに満喫しました。滝を後にすると、ほどなく広域農道に出ました。
道脇に「観音滝入り口」の標識が立っています。
滝が目的ならばすぐにいけそうです。
広々とした片側一車線の農道が高岡町から国富町、西都市を通り川南、都農を抜け日向市から延岡市まで続いています。
地元の人は国道10号線が混雑するとこの道を使います。
ほとんど信号がなく渋滞することもないので予定通り目的地に着くことが出来ます。
ただ、難点は山を何度も上って下りなければならない点でしょうか。
そんな農道に出てから北に進路を取り、約5q歩いて征矢原の交差点から右折、一路国道10号線を目指します。
この辺りは緑が多いところで、森林浴には絶好です。
車もほとんど通りません。
約1時間で国道10号線に出ました。
車のなんと多いことか。
道路を横断出来ないほどの交通量に、ただ絶句です。
残りは車を置いている都農神社の駐車場まで約7qこの国道を歩かねばなりません。
しかし、車の多さからして脇道を探しました。
すると、「山陰(やまげ)百姓一揆記念碑まで1,2km」の案内板がかけられていました。
→が西を向いています。
また、山手に向かうのは精神的にシンドイのですが、好奇心と国道の車の排気ガスを吸いたくないと言う気持ちが上回り、記念碑を訪ねました。
「ほほう!こんなことがあったのか。」
山陰、坪谷の農民が高鍋に逃避行なんて、初めて聞く話しです。
車で通っている限りはこんな郷土の歴史の一齣など触れる機会はまずありません。
郷土再発見と言いますか、歩いているからこそ出会える、経験できることは数知れずです。
そして午後6時前、無事に車がある都農神社に到着です。
約5時間のウォーキングでしたが、溜まっていたストレスも少しは発散できたようで、素晴らしい1日を過ごすことが出来ました。
明日は南部の日南市を歩きます。
山陰百姓一揆
時は元禄の頃、あいつぐ天災にくわえ、延岡藩役人の容赦ない年貢の取り立てなどの悪政に堪えかねた山陰・坪谷両村の百姓299所帯、1422名が元禄3年(1690年)9月19日に一斉に村をすて高鍋藩領を目指して逃散した。高鍋藩は百姓たちを股猪野原(現在の都農町又猪原)に小屋を作り全員を収容した。逃散の百姓たちは高鍋藩から飯米の給付を受けたが、拘束された不自由な生活を送っていた。月日が経つにつれ老人や子どもなど、79名もの死亡者がでるほど悲惨な生活状態であった。約11ヶ月に及ぶ小屋掛け生活の間に延岡、高鍋両藩の帰村の説得には応じず、ついに幕府評定所の裁定によって一揆首謀者等関係者ははりつけや打ち首などの死罪、島流しの刑を受けた。その他の村人は放免となり、元禄4年7月に帰村した。逃散事件から310年を迎え、自分たちの生きる権利の獲得のためにこの股猪野原で強く生きた逃解百姓たちの霊を供養しこの碑を建立する。
posted by 日向夏 at 21:44| 宮崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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