2009年05月24日

宮崎県西米良村九州山地を歩くB

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近くまでは行けないので道路のすぐ脇に滝見の木製の展望所が設けられています。
案内板に書かれた謂(い)われを紹介しますと、
「うるし兄弟伝説」
小川川に蛇渕という渕があり、昔「うるし」をとって生活する兄弟がいて兄は上質のうるしをこの渕に隠し金に替えていました。
これに気づいた弟が盗んで売り歩きました。
そこで兄は木彫の竜を渕に仕掛け弟を近づかせないようにしました。
あとで兄がうるしをとりに行くと、竜は生きており兄は必死の思いで逃げ帰りました。
兄は欲を出したことを反省し、以後兄弟仲良く暮しました・・・・・。
そして、徐々に高度は上っていきます。
相変わらず小川川の水量は豊富で音を立てて流れています。蛇渕から7〜8分ほど急坂を上ったところで、日向市の西方の美郷町南郷区から通じている道と合流しました。
大き目の地図には、道路の存在がありませんでしたのでビックリしましたが、標識板に南郷区(美郷町)と書いてありましたので来た道を引き返さず上っていけば、新しい発見があるかもしれないと少しホッとしました。
丁度、合流地点には「虹の滝」と言う高さ40m位でしょうか、2段式の滝がありました。
風がありましたので、落ちてくる水が霧状になっています。名前の「虹」の由来は、霧状に落ちてくる途中で太陽の光りの影響で虹を作るのでしょうか。
水量が結構ありますので見応えのある滝です。
さらに、そこから約1q、越野尾の合流点からですと18kmの地点に「布水の滝」がありました。
実は、今日の目的の大部分はこの二つの滝の写真撮りです。
いずれも少々の地図には載っていて知る人は知っている滝なのでしょう。
こんな山道にどんな滝があるのか。どうせ大したことはないのではないか。
何故なら、先ほどの「虹の滝」が小川川の本流のはず。
それより水量があるはずもないし。とまあ、あまり期待せず車を走らせていました。


posted by 日向夏 at 23:44| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県西米良村九州山地を歩くA

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小川の集落はここから、約8kmほど小川川沿いを上ったところにあります。
約18年前の夏の暑い日、川に漬かろうとこの道を小川まで行ったことがありますが、その当時はまだまだ、道路が整備されてなく資料館なども記憶にありませんでした。
車ですと、越野尾集落から15分ほどで到着する距離ですが、山あいの渓谷を抜けると、辺りの景色が一変します。
特に小川城址公園を中心とする地域は、米良の歴史や民話を題材に村が積極的に村おこしを進め、観光に結び付けて、今では多くの人々が訪れるようになりました。
 (注)小川は旧米良領主の居城址で、江戸時代中期から明治維新に至る約200年間、米良の中心地として栄えたところです。
米良・菊池氏の歴史は、1501(文亀元)年、南朝方の武将として名高い肥後・菊池氏第22代能運がその一子を日向の国米良山にひそかに落ち延びさせたことから始まります。
入山した菊池氏は米良姓を名乗りましたが、文武に優れ礼節を重んじ、合議制による民主的な施政を敷き、幕末までの約400年にわたり村を統治しました。
最後の領主の則忠公は領地のすべてを領民に分かち与え、人々の生活を援助。
その遺徳は今もなお米良の歴史とともに語り継がれています。
小川城址公園、資料館を訪れると、ここ小川の歴史を詳細に渡って知ることができます。
今回はもう少し奥に入るつもりでしたので、小川地区はパスしました。
その奥ですが、狭いながらもアスファルト舗装が施されていて山道でも、快適なドライブが楽しめます。
特に、道と平行して流れる小川川の水のきれいさ、冷たさ、渓谷美は手付かずの自然があってこその景観です。
前夜の雨で水かさが少し増していることも、その景観をより引き立たせています。
越野尾集落から入って約14km、「蛇渕」と言う滝の看板が見えて来ました。
posted by 日向夏 at 00:12| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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