2009年06月29日

健康ウォーク日南海岸C

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今日はこの神社まで行く予定でしたが、少し時間的に無理なようです。
途中の景色やキレイな南国の花々を楽しみ過ぎて時間をロスしてしまいました。
岬の付け根には長い長い鵜戸トンネルがありますが、その手前で引き返すことにしました。
片道13kmほどですが、歩いている最中、岬の先端からは、北を見れば遠く堀切峠が、南を見れば鵜戸神宮を抱く岬が見えていますので、目印には都合が良いのですが、岬の先端から付け根の入り江まで歩いてまた次の先端を目指す、湾を隔てて次の先端部が目の前に見えているだけに、歩く分には精神的にかなりハードなコースです。
そんなこんなで約5時間チョットのウォーキングを終えて帰路に付きました。
この1年間、何回か日南海岸を歩き、これで北の入り口に当たる堀桐峠から南の出口の日南市風田までが徒歩で繋がりました。
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2009年06月27日

健康ウォーク日南海岸A

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海は波がなく穏やかで、岩場では多くの釣り人が糸を垂れています。
以前は、私も日の出前から頻繁に通った見慣れた磯場ですが、最近はとんとご無沙汰。
たまに出かけても餌取りの小魚ばかりで目指す獲物と対面することは至難のワザです。
それだけ自然が枯渇してきているのでしょうか。
勢い磯場から足が遠ざかる結果となっています。
しかし、根が海好きなので雄大な太平洋を見ているだけで、日頃のストレスを発散することが出来ます。この日は、日南海岸の真っ只中に位置する伊比井と言う集落の海岸部に車を置き、南へ向かって国道218号、通称フェニックスロードを南下しました。
この辺りの海岸線は、リアス状に入り組んでいてとても風光明媚なところで、ドライブには最高の場所です。
それだけ車の量が多い反面、歩道は雑草が茂り、手入れが今ひとつの感があり歩くには少々不便です。
ただ、海岸線の素晴らしい景色は、ドライバー同様共有することができます。
と、言うより車に乗っていますと、運転したり、高速で通り過ぎたり、道路直下部分が見えなかったりと、美しい景色をゆっくり堪能することはできませんが、徒歩は徒歩ならではの目線でじっくり海岸線を味わうことが出来ます。
宮崎市から日南市にかけてのこの海岸線は出たり入ったりの変化を繰り返しながら続いていますが、集落は岬の付け根部分に点在していて、先端部はゴツゴツした岩で覆われています。
反対に入り江はキレイな砂浜の海岸線と、変化に富み観ていて飽きることがありません。
車を置いた所から南へ向かって最初の集落が富土とです。
ここも入り江の奥に民家が集中しています。
南側はズーッと太平洋に突き出していて、その先端部には、以前サボテン公園がありました。
その半島をグルリと回ったところが宮浦地区です。
それぞれ小さな漁港があり、どの港も特に9月以降は伊勢エビ漁の時機を迎え、水揚げされた伊勢エビは関東、関西方面に出荷されたり、地元では旅館、ホテル、食堂などで「伊勢エビ祭り」と銘打つ企画が催され、安くて獲れたての伊勢エビを腹いっぱい食することが出来ます。
車の所からスタートして2時間半、前方に、洞窟の中に社があることで有名な鵜戸神社のある岬が見えてきました。
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健康ウォーク日南海岸A

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海は波がなく穏やかで、岩場では多くの釣り人が糸を垂れています。
以前は、私も日の出前から頻繁に通った見慣れた磯場ですが、最近はとんとご無沙汰。
たまに出かけても餌取りの小魚ばかりで目指す獲物と対面することは至難のワザです。
それだけ自然が枯渇してきているのでしょうか。
勢い磯場から足が遠ざかる結果となっています。
しかし、根が海好きなので雄大な太平洋を見ているだけで、日頃のストレスを発散することが出来ます。この日は、日南海岸の真っ只中に位置する伊比井と言う集落の海岸部に車を置き、南へ向かって国道218号、通称フェニックスロードを南下しました。
この辺りの海岸線は、リアス状に入り組んでいてとても風光明媚なところで、ドライブには最高の場所です。
それだけ車の量が多い反面、歩道は雑草が茂り、手入れが今ひとつの感があり歩くには少々不便です。
ただ、海岸線の素晴らしい景色は、ドライバー同様共有することができます。
と、言うより車に乗っていますと、運転したり、高速で通り過ぎたり、道路直下部分が見えなかったりと、美しい景色をゆっくり堪能することはできませんが、徒歩は徒歩ならではの目線でじっくり海岸線を味わうことが出来ます。
宮崎市から日南市にかけてのこの海岸線は出たり入ったりの変化を繰り返しながら続いていますが、集落は岬の付け根部分に点在していて、先端部はゴツゴツした岩で覆われています。
反対に入り江はキレイな砂浜の海岸線と、変化に富み観ていて飽きることがありません。
車を置いた所から南へ向かって最初の集落が富土とです。
ここも入り江の奥に民家が集中しています。
南側はズーッと太平洋に突き出していて、その先端部には、以前サボテン公園がありました。
その半島をグルリと回ったところが宮浦地区です。
それぞれ小さな漁港があり、どの港も特に9月以降は伊勢エビ漁の時機を迎え、水揚げされた伊勢エビは関東、関西方面に出荷されたり、地元では旅館、ホテル、食堂などで「伊勢エビ祭り」と銘打つ企画が催され、安くて獲れたての伊勢エビを腹いっぱい食することが出来ます。
車の所からスタートして2時間半、前方に、洞窟の中に社があることで有名な鵜戸神社のある岬が見えてきました。
posted by 日向夏 at 21:04| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

健康ウォーク日南海岸A

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淡い紫色の花を付けるジャカランダは、場所によっては花が咲いていますが、ここの樹はもう少し先でしょうか。
涼しげな紫色は目に優しく観ていると心が癒される花木です。
このジャカランダ、もともとは南アメリカが原産で、アメリカのマイアミやリオデジヤネイロ、南アフリカのプレトリアなど、亜熱帯の大都市では樹齢100年を超す巨木が街路樹として道の側道に何キロにも渡って植栽されています。
我国ではとてもかなわない圧倒的な迫力を目に焼き付けることが出来ます。
と言っても私は、米国のフロリダでちょっと観ただけですが・・・。
日南海岸を下って、日南市南郷町の「道の駅なんごう」を訪ねますと、背後の丘に広がる「宮崎県亜熱帯作物支場有用植物園」の一角に「ジャカランダの森」が造成されていて、花咲く時季にはジャカランダ祭りが催されています。
posted by 日向夏 at 23:30| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

健康ウォーク日南海岸@

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 2009年5月23日(土)、初夏の日南海岸は年間を通して一番花々が輝き、南国宮崎にピッタリの季節です。
ここのところ山間部ばかりを歩いていましたので海が恋しくなりました。
たまには海岸部を歩こうと、宮崎市南部から日南市にかけて広がる日南海岸国定公園を目指しました。サクラの時季が終わってまだ2ヶ月も経っていませんが、海沿いの道路は随分彩りが華やかになっています。
ハイビスカス、アメリカディエゴ、ブーゲンビレアなど赤色、黄色、紫色と、目に染みる原色系の色を付けた花々が咲き誇っています。これからが見頃を迎えます。
堀切峠の南に位置する「道の駅フェニックス」に寄ってみました。
ここは日南海岸の代表的なビューポイントであるととともに、たくさんの花々が咲くことで有名です。
展望台下の海岸部一帯と、西側の小高い山の斜面にはたくさんの花木が植栽されています。
ブーゲンビレア、アメリカディエゴ、ベニチョウージ、マルハビスカス、ランタナ、ノボタンなど原色系の花々が、鮮やかに咲き誇っていました。
その中で、今年初めて観ましたが、オーストラリア原産のフトモモ科・メラレウカの真っ白い真綿のような花がひと際異彩を放っていました。
「道の駅」敷地には、ヤシ類や亜熱帯性の木々がたくさん植栽され南国情緒を醸し出しています。
posted by 日向夏 at 21:28| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

健康ウォーク宮崎の秘境・諸塚村D

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下の段に若狭守社と書かれた社がありその上方に板で囲った簡易の建物があり、観音像はその中に7体鎮座していました。
十一面観音像
 十一面観音については、諸塚村教育委員会などが発行している「かたりべ」の中で、甲斐誠氏が紹介していますので抜粋して引用します。
立岩の十一面観音、旧立岩小学校の上の森の中に鎮座しています。
十一面観音像はいずれも木像で四体あります。
十一面観音とは密教系の尊格で奈良時代から信仰を集め、病気治癒などの現世利益を祈願して多く祀られています。
十一面観音はその深い慈悲により衆生から一切の苦しみを抜き去る功徳を施す菩薩であるとされ、女神のような容姿に造られたものが多く見られます。
頭部正面に、阿弥陀如来の化物(けぶつ)をいただき、面頭上の正面側に菩薩面(三面)、左側(向かって右)に瞋怒面(しんぬめん三面)、右側(向かって左)に狗牙上出面(げじょうしゅつめん三面)、拝観者からは見えない背面に大笑面(一面)など、人間の喜怒哀楽を表現した面を乗せ、右手を垂下し、左手には蓮華を生けた花瓶を持っている姿のものが多くあります。
観音菩薩の中では聖観音に次いで造像は多く、救済の観点からも千手観音と並んで観世音菩薩の変化身の中では人気が高いものでした。
中央にある最も大きい木像の光背の裏書に天正六年(1578年)と墨で書かれています。
天正六年といえば、島津氏の北上圧力が強まって前年に伊東氏が豊後落ちし、延岡、日向、門川で島津氏と大友氏の小競り合いが頻発して11月には耳川で激突する大事件のあった年です。
騒乱が続く中で十一面観音に救いを求めたのではないかと推察できます。
この頃立岩に居住していた有力者といえば、甲斐若狭守です。
十一面観音は、諸塚村内では、弓木、八重の平、七ツ山本村、奥畑にあり、八重の平のものが最も古く天正四年(1576年)の墨書きがありますが、立岩のものは他にない独特の様式をもっています。
木や石で造られた手形、足形、耳形、乳房形などが百ほども供えられているのです。
こうした様式は村内はもちろん宮崎県内には例がありませんが、同様な様式が熊本県内にはいくつかあって「足手荒神」と呼ばれています。
その大元は熊本県嘉島町にある甲斐神社で手足の病気にご利益があると言われています。
甲斐神社には戦国時代の武将で、嘉島町に隣接している御船町にあった御船城の城主・甲斐宗運・宗立父子が祭られています。
この神社では絵馬の代わりに、「手形」、「足形」の木の板に名前を書いて奉納しますが、前述の如く立岩の観音にもそのような手形、足形などが奉納されています。
立岩に住んでいた甲斐若狭守親基は宗運の弟で、宗立からは叔父にあたります。
熊本の足手荒神のご利益を耳にした若狭守自身が足手荒神の信仰を持ち込んだのか、そうした事情を知る当時の立岩の住民が持ち込んだのかはわかりませんが、いずれにしても熊本の嘉島町から遠く離れたこの地に伝えられ、人々の信仰を集めたのは間違いありません。
posted by 日向夏 at 20:54| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

健康ウォーク宮崎の秘境・諸塚村C

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ひとカーブ曲がるごとに民家が数軒ずつ建っています。
山手に折れる急坂の道を上ると小学校がありました。
「えらい静かだな!今日は休みなんだろうか・・・・?」
建物はそんなに古くはありませんし、校庭も少し草は生えていますが広々としています。
体育館もありその横のプールには水が張ってあります。
しかし、どうも変な感じです。
首をひねりながら学校を離れました。
と、1軒の家からテレビの音が聞こえてきましたので寄ってみました。
すると意外にも20台半ばの若い女性が乳飲み子を抱いて応対してくれました。
尋ねましたら、この辺りは七ツ山の立岩と言う地区で昔は多くの人々が住み林業や炭焼き、シイタケなどを作って生計を立てていたそうです。
小学校がすぐ横にありましたので聞いてみますと、3年前の平成18年3月に廃校になったとのことでした。不思議だったのはプールに水が溜まっていたこと。
聞いてみましたら、プールは坂の途中にあり、雨の時山を下ってきた水が自然に溜まったと言うことで納得しました。
ちょっと見ただけでは、今にも児童が教室から飛び出してきそうな、まだ廃校したとは思えないほど手入れがされています。
これも不思議に思いましたが。公民館の壁に貼ってあったポスターで納得しました。
つまり、学校には備品や児童が描いた作品などが今も展示されていて、建物もイベントなどで使用されていると言うことです。
壁には「森のアートハウス展」や有名写真家を呼んでの撮影会が開かれた時の様子が紹介されていました。
また、体育館は床が張り替えられ地区の人々がミニバレーなどをしているとのこと、確か校門には昭和60年竣工と書かれていたと思います。
まだ出来上がって20年ちょっとしか経っていないと言うことですから、使わないともったいないです。
廃校時の児童数は8名で、廃校式のときは卒業生、地区の住民、携わった先生などたくさんの人々が集い(廃校を)惜しんだそうです。
ところで、若奥様に、こうして県内を歩きながら写真を撮っていると話しますと、「すぐ近くに十一面観音像があるから案内します。」と私をその観音像が安置されている山の上り口まで案内してくれました。
急な坂道なのに子供を抱いてです。
なんと親切なんだろうと感激しました。
十一面観音像のある上り口には案内板がなく、案内してもらわなかったら、他所(よそ)の人間にはまず分かりません。
入り口から雑草をかき分け進むこと約50mほどでしょうか。
posted by 日向夏 at 23:21| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

健康ウォーク宮崎の秘境・諸塚村B

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柳原川もここで分岐していて、左の方が主流のようで川幅も結構広く保っています。
水は浅く流れも緩やかですが、まさに清流そのものと言った感じです。
諸塚神社にはそこから1、5kmほどで到着しました。
神社の周りには、5〜6軒の民家が並んでいます。
所々、屋根の中央部が高くかさ上げされてエントツが何本か立っている家屋がありますが、恐らくしいたけの乾燥小屋でしょう。
この辺りの山林をのぞくとシイタケ用のホダ木をたくさん見ることが出来ます。しいたけは諸塚村の主産物です。
まず、神社の境内に上がりましたが巨木はどこでしょうか。
鎮守の森には杉やモミ、カヤなどの大木が多く茂りどの木がケヤキかはじめは分かりませんでした。
よーく見ると、境内の裏手に天を突き刺すように立っているひと際高い木がありました。
多分、これが100選に指定されているケヤキの木なのでしょう。
案内板がありませんので、ちょっと分かりづらい気はしますが・・・・・。
高過ぎて全体像をなかなか撮ることが出来ません。
真下から見上げると、先端が見えません。
ギリギリ後に下がっても上から下まで全部が入りません。
それだけ大きくて高いと言うことです。
村役場のホームページの紹介を見ると、幹周りが6、4m、高さが30m、樹齢が推定約400年と書いてありました。
同村のHPにはほかにもスギやカゴノキ、トチノキなどの大木が紹介されています。
雨量が多く自然がそれだけ残っていると言うことでしょう。
写真を撮り終え県道をもう少し歩いて見ることにしました。
posted by 日向夏 at 23:01| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

健康ウォーク宮崎の秘境・諸塚村A

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この日は、町の中心部と高千穂を結ぶ県道50号線を歩くことにしました。
道路と平行して流れている柳原川沿いにしばらく走ると、ダムが見えてきます。
諸塚ダムと言う中程度の大きさでかなり前に建設されたダムのようです。
案内がないので詳しいことは分かりません。
途中の道は山が川に迫り、対向車が来ると離合が困難な狭い道が続いていたのですが、ダムの上流部に出ると比較的広々とした道がダム湖に沿って続いています。
そんな一角に車を停めて上流を目指しました。
ダム湖の周りは高い山が連なり、若葉が青々と茂り頭上は緑のトンネルです。
細かい地図を見て来なかったので行く先に何があるのか、民家はどれほど先にあるのかなど全く分かりません。
まぁーこれがいつものペースでしょうか。
ただ、かなりの奥地ですので山の中に入り込んだり、舗装されていない草の生い茂ったような道は歩かないなど、最低限のルールは守って万一の場合を想定して行動しています。
ダムがそんなに大きくないのでダム湖もいつしかせせらぎに変わりました。
ほどなく川も道と平行して流れるようになりました。
大きな岩石がゴツゴツした勇壮な渓谷の感じはしません。
どこからでも下りられるような、静かな流れで、ちょっとした深みにはアユが群れているのが見えます。
流れの急なところにはヤマメもたくさんいそうです。
歩き始めて40分。やっと人家が見えてきました。
道も、そこで二手に分かれています。
分岐点には標識がたくさんあり「森の学習館」・「しいたけの館」・「諸塚神社」などなど結構賑やかです。右手に行くとそれらの施設がありますが、かなり道が上っています。
左に行くと県道50号線で「諸塚神社」があり、その境内には「宮崎県の巨樹100選」に指定されているケヤキの木があるとのことでしたのでここは迷わず左折しました。
丁度、この分岐店辺りに民家が2〜3軒と公民館か集会場でしょうか1軒建っています。ちょっとしたマチの雰囲気です。
posted by 日向夏 at 22:03| 宮崎 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

健康ウォーク宮崎の秘境・諸塚村@

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5月18日(月)、先週の金曜日に九州山地の真っ只中・椎葉村の南部地区を歩いたばかりですが、今日は、また九州山地に分け入りました。
今回は宮崎県北の日向市から国道327号線で入郷と言われる旧東郷町、旧西郷村を経て諸塚村まで走り、同村の奥地を歩きました。
先週もそうだったのですが、まだ足を踏み入れてない地域はだんだん山間部になってきて、それとともに車で目指す所に到達するまで時間がかかるようになります。
これまでのように朝方グズグズしていると、時間が足りなくなり、仕方なく近郊の「いつもの所」で、お茶を濁すことになります。
気合を入れて一度動き出せば、こうやって遠くまで来ることが出来ます。
諸塚村はこの4月時点で人口1859名、人口密度は一平方`メートル当たり10名弱の過疎と高齢化が進む山あいの村です。
いままで何度か来たことはありますが、国道沿いの知り合いのお宅に寄る程度で枝線や脇道に入ることがなく、ほんの幹線に沿った一部分しか知りませんでした。
posted by 日向夏 at 23:14| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

健康ウォーク秘境椎葉村を歩くC

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大薮と言う集落と言うことで、この一帯に10軒ほどの民家が点在しています。
集落の中心には研修センターという立派な施設があり、地区の伝統的民俗芸能の臼太鼓踊りや神楽なども舞われると聞きました。
この辺りで標高が約1,000mと言うことで、冬の一時期は雪に覆われるそうです。
集落から10分ほど歩いたところで道は、大河内と美郷町南郷区を結ぶ村道と合流しました。
この辺りがほぼこの山の頂き辺りです。
帰りの時間を考え引き返すことにしました。
帰り際、約束通り先ほどのご婦人宅に寄り、お茶をごちそうになりました。
丁度、ご主人も牛の世話から戻ってきたばかりでした。
昔の集落の様子や現在のたたずまいなどいろいろ聞かせていただきました。
昔はたくさんの人々が暮していたそうですが、やはり、過疎化と高齢化が進んでいるようで寂れる一方と淋しそうに話してくれました。
長居すると帰りが暗くなりそうなので、秋の紅葉を観にくることを約束して集落をあとにしました。
この集落で4〜5人の人に会いましたが、どの人も表情が柔和で親切な人ばかりでした。
人情味にあふれる接待はどこにも負けないと強く思いました。
土地の人々が、素朴で純な、都会の人々が忘れてしまった日本の心を持って生活していることに感銘を受け山を下りました。
posted by 日向夏 at 23:48| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

健康ウォーク秘境椎葉村を歩くB

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山に入った途端、道はより急坂となり、九十九折りの坂が果てしなく続いています。
右ヒザはなんとか持っていますが、気持ちが切れそうになります。
山に入って40分。
下から見上げたガードレールのところまで辿りつきました。
はるか下方まで視界が開けています。
ここから見る景色はまさに絶景です。
目の前に樋口山、その右奥に石堂山、西に目を転じると市房山と1400〜1700mの山々が、手を伸ばせば届きそうな所に鎮座しています。
私のいる地点もかなり高いようで風がひんやりしています。
吹き出ていた汗も引いてしまっています。疲れも吹き飛びました。
元気が戻ってきましたので、もう少し上って見ることにしました。
道は急坂には違いありませんが、ドンドン前へ進んで行く感じです。
そして約15分後、道端に高さ30m、幹周が4m以上はゆうにありそうな大きなモミの木が見えてきました。
その先に4〜5軒の民家が連なっています。
畑には野菜が栽培されています。
こんな山奥に民家が・・。
今日何回目の驚きでしょうか。
と、1軒の家から出てきた女性と、バッタリ出くわしました。
「こんにちは・・」 「・・・こんにちは?」 
びっくりしています。それはそうでしょう。
ほとんど訪れる人のいない集落に一人の何物か分からない男が歩いて上ってきたのですから。
「どうやってきたのですか?」 「国道そばから歩いてきました。この先の道はどうなっていますか?」・・・・・。
「真っ直ぐ行けば大河内ですが。歩きなら何時間かかるかわからんですよ」  「行くだけ行ってみます」 
「帰りに寄んなさい。お茶でも飲んでいきなさい」  「有り難うございます」ひとしきり話しをして、もう少し上を目指しました。
posted by 日向夏 at 22:02| 宮崎 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

健康ウォーク秘境椎葉村を歩くA

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ところで、大薮川がどんな川なのか、上流になにがあるのか全く情報がありません。
ただ、地図を見ますと、道が奥まで通っていることだけは分かります。
しかし、周囲は樋口山(1435m)、石堂山(1547m)、一ツ瀬川西方には市房山(1722m)と、高い山が連なっていて、多分上りが続くだろうなと言うことは想像できます。
国道265号線から大薮川沿いに車を走らせること約500m、ほどよい空き地があり、そこに車を停めて歩き始めました。
このわずか500mほどの区間でも道はズーッと上っていました。
何が待っているのか楽しみな反面、かなりきついコースに右ヒザが悲鳴を上げないか不安な面もあります。
かなり奥地の、しかも山に挟まれた支流ですので川幅は広くありません。
上っていくにつれ川が次第に下方に離れて行きます。
木々に遮られてよく見えませんが、意外にも川岸に沿って民家が点々と続いています。
しかも、上流へ2〜3Kmに渡って点在しています。
ほとんどの民家のちかくに猫の額ほどの棚田が見え隠れしています。
人里離れた山奥に、こんなにたくさんの人家があるとは思いもしませんでした。
しばらく歩くと視界が開けてきました。
下方を流れる川が良く見えます。
川の対岸に農家とその前に、こじんまりとした棚田が広がっています。
予想外の光景です。
素朴と言いますか、昔どこかで見たような光景です。
川の反対側から、しかもかなり高いところから見ていますので、全体が一望できます。
棚田農家をあとに上へ上へ歩いていきますと、川幅はますます狭くなり道は、目の前の険しい山の方へと向いています。
見上げると、かなり高い所に、道らしき白いガードレールが見えています。
どうやら一山越さねばならないようです。
しかし、山を超えて何があるか分かりません。
道はより厳しくなってきましたが、時間的に余裕がありましたので行けるところまで行く事にしました。
posted by 日向夏 at 23:49| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

健康ウォーク秘境椎葉村を歩く@

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5月15日(金)、このところズーッと晴れの日が続いています。
久しぶりに平日の金曜日に休みを取りましたが、里山歩きには日曜も祭日もあまり関係ありません。
むしろ平日は車が少なくて便利なくらいです。
ただ、道路工事が至るところで行われていて迂回させられたり、時間規制で目的地の変更を余儀なくさせられたりと少々のトラブルはありますが、いつもマイペースのウォーキングですのでさして問題ではありません。
山間部の工事の多くは災害復旧工事です。
宮崎県の場合、山間地は急峻な所が多く、しかも降雨量が多いので山あいを縫って走る道路は常に災害の危険をはらんでいます。
今日はそんな宮崎県の代表的な山間地・椎葉村に足を踏み入れました。
椎葉は平家落人の里として有名ですが、面積の95%以上は山地で1000mを超える山々が連なっている九州山地のちょうど背骨の部分に位置します。
今回は西都市から西米良村を経由、国道265号線を北上、平行して流れる一ツ瀬川の支流のひとつ大薮川沿いを上流に歩くことにしました。
かなり山の奥に入り込んでいます。
西米良村の中心地・村所から約20km近く、大半は対向車と離合困難な狭く曲がりくねった道が続きます。
沿道は今の時期若葉がきれいですが、晩秋には素晴らしい紅葉を川伝いに見ることが出来ます。
昨秋、ここを訪れその美しさを実感しました。
また、一ツ瀬川の水の綺麗さは例えようがなく、アユ、ヤマメ、マスの宝庫で、この一帯の道は「フィッシング街道」と呼ばれ、シーズンには九州一円から太公望が訪れる渓流釣りの有名ポイントでもあります。
posted by 日向夏 at 22:34| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

宮崎県木城町実篤文学ロードA

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木城町から、小丸川沿いに上ること12km。
宮崎県でも辺鄙(へんぴ)な山村に武者小路実篤は、理想郷として日向新しき村を造りました。
現在は開村当時の活気はありませんが、わずかの村人が実篤の教えを守り実践しています。
そんな大文豪に影響を受け、石河内地区には「えほんの郷」が造られ、休日を利用して多くの子供達が訪れます。
小丸川沿いの道路は「文学ロード」と名付けられ武者小路実篤著「この道を歩く」から引用した木製碑が描かれ、「この道橋」、「童心橋」、日日新トンネル、著書から取った「友情トンネル」など実篤に因んだ名称の施設が文学ロードの雰囲気を醸し出しています。
ここを訪れたのは2度目。
前回も時間がなく新しき村まで行くことが出来ませんでした。
今回も2つのトンネルをくぐったところでUターン。
ただ、小丸川の深く切れ込んだ光景や周囲のまぶしいばかりの若葉の息吹は、4時間ほどのウォーキングでしたが、十分過ぎるほど堪能することが出来ました。
中でも「日日新」、「友情」の2つのトンネルの中での「実験」はここでしか味わえない体験でしょう。
つまり、音がトンネルの壁に跳ね返って、いつまでも余韻を残しているのです。
大きな声を出すと、「あーあーあー・・・・・。」十秒以上に渡って音が響いています。
また、車がトンネルに入った途端、音が津波のように押し寄せてきます。
それから30秒後一台の軽トラックが私を抜いていきました。
498mと708mの2つのトンネルともそんな感覚を味わうことが出来ました。
普通は、排気ガスの充満する長いトンネルはあまり歩きたくないものです。
しかし、この道は特別です。
車が少なく、長いトンネルの中を歩いていてもすれ違ったり抜いて行く車はせいぜい5台程度。
そんなに車が少ないからこそ味わえる体験・快感です。
posted by 日向夏 at 22:32| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

宮崎県木城町実篤文学ロード@

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2009年5月10日(日)
この道は、昨年の4月27日に歩いたコースです。約1年ぶりにまた歩きます。
「日向・新しき村」は、武者小路実篤(1885〜1976)が創始しました。
清流と緑豊かな山々に囲まれた木城町石河内の田園に様々な野菜が栽培されています。
実篤がこの村を開村したのは1918年(大正7年)で、開村に参加した人たちはここで自由を学び、自己を生長させ、自他ともに個性を活かし合える新しき社会を創ろうと思い描いていました。
入村したのは、3家族など大人18名、子供2名の男女で、農業出身者はたった1名だけでした。
そこで、地元の農家の助言を受けながら試行錯誤の日々が続きました。
農業生活が軌道に乗り始めると、美術、文芸、演劇、音楽に親しみ、それぞれが人間向上に励むようになりました。
さらに、地元の専門家の指導でクリやナシも栽培。
また印刷所も興し、村の文庫を出版しました。
一番隆盛を極めた時は、会員が50名を超え、村外会員も数百名に上りました。
実篤は実母の老後を診るためと子育てのため、村の経済力を高めるため大正15年に一村外会員になり、村の更なる生長に力を尽くしました。
 新しき村は今年91年。
現在、5ヘクタールのこの村で生活している村内会員は3所帯5名のみです。
水稲や畑作を協力しながら日々を過ごし、地域・自然と日日新に耕し合っています。
「自然の調和が無かったなら、美も我らも無い」。
小丸川が囲むように流れる村内には、住宅三棟、食堂それに資料、写真などを展示した武者小路実篤復元旧居があります。
posted by 日向夏 at 22:20| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

初夏の県北・五ヶ瀬川沿い散策B

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2つ目の目的は、滝の写真撮りです。
延岡から国道218号線を高千穂方面に向かいます。
北方町の中心部を過ぎてしばらく行くと、旧道と新しく出来た国道との分岐があり、そこを左折、五ヶ瀬川を左に見ながら車を走らせます。
もともとの220号線、延岡から熊本へ続く九州横断道路でした。2昔前までは、曲がりくねって見上げるような柱状節理の絶壁が続くこの狭い道をたくさんの車が往来していました。
大型車同士の離合が困難で、普通車や軽自動車は前へ進んだりバックしたりと、離合の度に翻弄され、左側のタイヤを踏み外すと、そこは五ヶ瀬川と言うもう少しで奈落の底と言う怖い思いを経験したのは数知れない「酷道」でした。
現在は山の中腹に新しい道が抜け、この川沿いの道は釣り人や地元の人など通る人はごく限られています。五ヶ瀬川を見ながら走ること約15分。
前方に、八戸の集落が見える手前に大きな縦書きで、「八戸観音滝」と書かれた案内板が目に飛び込んできます。
滝の入口には車を停めるスペースが十分過ぎるほどあります。
駐車スペースからすぐ細い坂道があり、滝はそこからすぐのところにあります。
登り口の所には、急坂を気遣って地元の人が作った竹製のツエが20本ほど束ねてありました。
約5〜60mほど上ったでしょうか。
前方から滝の音が聞こえてきました。
丁度ピークに差し掛かったところから、こんどは一気に下った所に滝と滝壺が見えています。
周辺の木々にさえぎられることなく、ほぼ全景を見渡すことが出来ます。
滝と滝壺がコンパクトにまとまった、まさに滝らしい滝です。
案内板に「名勝」と書いてありましたが、まさに名勝にふさわしい眺めです。高さ約3〜40mのところから一本の筋のごとく真っ直ぐに水が滝壺に落下しています。
滝壺の正面には太鼓橋が渡してあり、そこを渡るとつまり、川の右岸には国道から車が入れる道が延びていました。
何のことはない、無理して坂道を上らなくてもこの右岸を通れば簡単にたどり着けたのです。
旧道と平行して走る、TR高千穂鉄道、3年半前の台風14号の影響で今は廃線となってしまいましたが、車窓から見る滝もこの鉄道のセールスポイントだったに違いありません。
由来などは残念ながら書いてありませんでしたが、この辺りも柱状節理の断崖絶壁。
地質的に阿蘇の火山群の溶岩が冷えて固まった凝灰岩質の岩を長い年月をかけて五ヶ瀬の流れが浸食して生成された滝でしょうか。
posted by 日向夏 at 22:23| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

初夏の県北・五ヶ瀬川沿い散策A

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この日は写真撮影に専念してウォーキングはオフ。
まずはじめに延岡市の南部を流れる沖田川の上流に架かる沖田ダムに行ってみました。
この川の源流がある小野町から海までは10qほどと非常に短い川です。
私が子供だったころは、水量が豊富で親たちが大きなアユをたくさん獲っていたことを今でもはっきりと覚えています。
平成13年に完成した沖田ダムは下流域の灌がいと防災を目的に造られました。
今回初めて訪れましたが、もともと非常に短い川でよくもまあこんな所にダムを造ったものだと、感心するやら呆れるやらと言った印象です。
今年は、雨が少ないこともあり、ダム湖の水位ははるか下方、水が満杯になるには相当の雨量が必要な感じです。
まだ完成して間がないためこじんまりと小ぎれいにまとまっています。
また、すべては見て回ってはいませんが、ダム湖の周辺は整備が行き届いていて、ダム湖を見下ろす展望台や親水公園などがあり、市民の憩いの場としての役割を果たしています。
湖を取り巻く道路は、距離表示がされていて、ジョギングや旭化成陸上部の練習コースになっているのでしょう。
さすが「アスリートタウン延岡」の面目躍如と言った感じです。
知らないうちに知らないところで着々と設備が整っていますね。
またひとつ新しい発見です。
posted by 日向夏 at 22:27| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

初夏の県北・五ヶ瀬川沿い散策@

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5月7日(木)、時間の流れの何と速いことか。
ついこの間、サクラが例年より2週間も早く開花したと、話題になっていたと思っていたら、ゴールデンウィークがアッと言う間に終わり5月の中旬を迎えようとしています。
季節は、既に初夏の真っ只中にあります。
気温変化も2月からズーッと高目に推移していて、植物の芽吹きや花卉の開花も例年より相当早いように思います。
水のぬるむ時期を迎え、魚たちも恋の季節を迎え活発に動き回っています。
この日は、アユで有名な延岡の五ヶ瀬川を訪ね、上流へと遡上する様子をカメラに収めるつもりでいました。場所は延岡市の岩熊の井堰です。
ここの川幅は約250mあり、川の中央部と両端の3ヶ所に魚道が設けてあり、アユはいずれかの魚道を通って上流へと上っていきます。
魚道と言ってもアユにとっては、滝を上るのと一緒のこと、渾身の力で流れに逆らい一つひとつ滝を飛び跳ねながら征服し、上へ上へと進んでいきます。
海で育ったり下流で放流されたアユにとっては、ここが一番の難所で、使命感と言いますか、本能の趣くままと言いますか、身体をくねらせ何度も何度も飛び跳ねながら、上っていく姿は感動的ですらあります。
アユにとり難関は、自分達から見れば山のような落差があるこの激流ばかりではありません。
アユの習性を熟知しこの堰に集まるのを知っている白鷺が、浅瀬で待ち構えていて足元を上って行くアユを次から次に捕食していきます。
人間にとって美味であるアユは、当然、白鷺にとってもこれ以上ないグルメでもあります。
訪れた日は曇り空。たくさんのアユが上流へ向かって飛び跳ねていましたが、いずれも5cmから10cm程度の小ぶりなものばかり。
しかも、曇り空の上、カメラマンの腕が悪く飛び跳ねるアユの写真撮影は失敗に終わりました。
遡上は、まだしばらく続きそうですから機会を見つけて、また挑戦したいと思います。
posted by 日向夏 at 22:18| 宮崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記健康が一番!愉しい山道散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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